遅咲きの菊*合縁・本文紹介




「……寛史?」
 私が起きたことを気配で感じ取ったのか。隣で眠っていた弘平が目を覚ましたようだった。
「どうかしたか?」
「……いいや。ごめん、起こしちゃって」
 もう一度だけと気分を落ち着かせるために軽く息をつき、再び布団に潜り込む。春先とはいえこの時間はまだ寒い。このままでは、私と弘平の身体の間にできた隙間から冷気が入って、弘平の身体を冷やしてしまう。
「怖い夢でも見たか?」
 真っ暗闇の中でも的確に気配を探り当てる大きな手が、私の額に張りついていた前髪をかき上げてくれる。そのときになってようやく、私は自分が汗をかいていると気づいた。
「いいや」
 そのまま頬に当てられた掌に自分の手を重ね、目を閉じて頬に伝わってくる熱だけを感じる。じんわりと沁み込んでくる熱が気持ちよくてそのまま眠りたくなったが、ちょうど頬骨に乗っていた指がとんとんと私の頬を叩いてきた。
「怖い夢じゃないならどんな夢を見たんだ?」
「……え?」
「あんたが目ぇ覚ますなんてよっぽどだろ。どんな夢だったんだ?」
『追及する』というほどではないものの、まるで私が見ていた夢の内容に確信を持っているような勢いで言い募られて、思わず言葉に詰まってしまう。
 ……もしかしたら弘平は、私が目を覚ます瞬間に叫んだ言葉を聞いたのかもしれない。
(話したほうがいいんだろうか…………)
 寛人からかかってきた電話の内容を。──亡くなった妻の命日が近づいているということを。
 いつかは話さないといけないだろうと思っていた話だ。弘平だって、妻のことなど聞きたくないかもしれないが……もしかしたら本当はずっと気にしていたのかもしれない。
 ここで後回しにしてしまっても、弘平はどういうことかとずっと気にしたままだろう。
(どうせいずれ話すことになるんだ。今言うのが一番いいだろう)
 ならばやはり一息にと、私は心を決めて弘平に話すことにした。


※あまり長く載せると話が全部わかっちゃいそうなので短めです。ごめんなさい(ぺこり)※


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