The Night Befor・本文紹介




 暗闇の中、断続的に寝台の軋む音がする。乱れた二つの息遣いが部屋の空気を濡らし、屋敷主人がときどき洩らす呻き声が奇妙に響く。
「エミリオ、ああ、エミリオ……。なぜ私を置いてくんだ……。お前がいなくなったら私はどうしたらいいんだ……」
 屈強な体格の下に組み敷かれているのは、今にも折れてしまいそうな繊細な身体。
 激しく身体を揺さぶられつつ、のしかかる重みに顔を歪めることもなく、見開かれた七色の瞳は天井の一点をじっと見つめている。
 枕の上に散った金髪を指に絡め、身勝手な屋敷主人の言葉に眉をしかめた。
(今日で終わる)
 彼等に拘束され続けた日々が。誰にも言えない秘密を抱えて暮らす毎日が。
(私は生まれ変わるんだ。あの人の隣で、あの人のために働いて……)
 天上界で初めて会ったとき、その気丈な姿に目を奪われた。彼の下で働けたら、彼のために何かしてあげられたらと、そればかりを思っていた。
 二度と会えないかもしれない人物に、どんどん魅かれていく自分がいて。
「ミカエル様……」
 無意識に口から漏れてしまった名前に、まぶたが熱くなってくるのを感じる。
 ぼやけて何も見えなくなった視界に彼の姿が浮かび上がってくる。
(本当に私でいいのだろうか? 彼と共に戦うことすらできないだろうに)
 ミカエルの従天使にとの話を最上級神から聞かされたとき、嬉しい気持ちとは裏腹に、自分に何ができるのだろうという不安があった。
 それまで自分がしてきたことは何も役に立たないのだ。──いや、役に立たないどころではなく、そんなことが知られてしまったら全世界に大きな波紋を呼ぶことは必至だった。
 もちろんこの大きな禁忌が外部に漏れないよう、細心の注意が計られているが。
 忌まわしい行為。自分を否定しながらでないと生きられなかった日々。
(明日になれば、今までの記憶すべてがなくなるんだ。そうすれば私はこの呪縛から完全に解き放たれる)
 今の自分の思いも知らず、自分の上で愉悦に浸っているこの男とも、明日になれば完全に縁が切れる。
 二度とこの世界に帰ってくることはないし、四六時中誰かに追いかけられることもなくなる。
 すべての過去を振り切って、彼と共に新しい人生をやり直していくことができるのだ。



本文P12〜P14から


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