小野と千影の様子がおかしい。
最初にそう思ったのは、確か数週間前のことだった。
どこが、とか、何が、とか、はっきりしたことは俺にもわからない。わからないが──あえて言うならば二人の間に流れる空気が、────そう、『雰囲気』! あいつら二人を取り巻く雰囲気が、それまでとはどこか違うように感じたのだ。
(なんだあいつら……俺に隠れてなんか企んでやがるな? あっ、目ぇ合った途端笑いやがった! ありゃ絶対俺をはめようとしてるんだ!)
そんな現場を目にするたびにそう思い、奴らの策略にはまるまいと四六時中気を張り続け。
だが、一向に『何か』をされる気配がないまま、あっというまに数日が経った(……おかしい)。
【大幅に中略/笑】
「そんな顔して帰るなよ」
眼光鋭いまま俺の鼻先まで顔を近づけてくると、ぺちっと音を立てて俺の頬を張った。
「な、なんだよっ?」
痛いわけではなかったけれど、まるで俺をからかうようなエイジのその行動に、異常に恥ずかしくなって声を荒げてしまう。
そんな俺の反応がおもしろかったのか、エイジは口元に笑いを滲ませて──言葉を続けた。
俺には、まるっきり不可解な言葉を。
「自覚ないの?」
「だから、何がっ?」
「モノ欲しそうな顔」
「──も、物欲しい!?」
「欲求不満なんだろ、オヤジ」
「な……なんだと!?」
エイジの言葉に全身がかっと熱くなる。
『物欲しい』って、『欲求不満』ってのは……つまり、そういう意味で……ってことか!? な、なんでそんなことをエイジに断言されなくちゃならないんだ!?
「お、おま、おまえ……!」
「隠さなくてもいいって。先生とちいがラブラブになっちゃったのがショックなんだろ? オヤジ、そういうのすぐ顔に出るから俺わかってたぜ」
「なに……言ってるんだよ、お前。俺が、俺がなんだって? ショック? そ、そんなワケないだろっ?」
「あはは。オヤジ、どもりすぎだって」
エイジはへらへら笑うと、ぴくぴくと痙攣していた俺の唇にびたっと指を押しつけてきた。
「前から思ってたけど、けっこうおもしろいのな、オヤジって」
「な、なん……!?」
「なんでも完璧にやれるのに女にはフラれっぱなしだし、嫉妬深いの隠して落ち込んだり、逆に強がったりしてさ。──あ、男にもフラれっぱなしってことになるのか?」
「〜〜〜〜〜〜!!」
「──で、フラれっぱなしのオヤジは欲求不満で悶々としてるってわけだ」
「────────!?」
エイジの言葉一つ一つに大きくリアクションを取ってしまう自分が情けない。情けないが、暴言マシンのこいつの言葉は、適格に俺の急所をグサグサッと突きまくってくるんだから仕方ないだろ!?
「おま……おま……っ!」
傍若無人な失礼発言の数々に言葉をなくす。こ、この俺が、ロクでもない男とか女とか男にフラれて、その挙げ句に欲求不満になっただと!? 冗談じゃない!
「お前……なんのつもりだっ!?」
「ん?」
「俺の神経逆撫でするようなこと言いやがって、普段こき使われてるその腹いせか!? 俺をからかって楽しいかっっ!?」
「んーなことないって。そんな卑屈になるなよオヤジ」
「オヤジオヤジ言うな!!」
「あっははー。オヤジ血管切れそうだぜ?」
「余計なお世話だ!!」
ヒステリックに叫ぶ俺を、まるで珍獣を見るような好奇な目で見るエイジ。
それから底意地の悪そうな笑みを顔に浮かべ、少し落としたような声で言った。
「だからさ、襲って欲しいんだろ?」
「え……?」
「いつもちいや先生としてたように、セックスしたいんだろ?」
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