『久しぶり……だね』
『…………』
『私が澤村君のクラスの担任をしたのが、澤村君たちが十七になるときだったから……二十二年ぶりってことになるのかな。──随分昔のことになってしまったね』
『そう、ですね』
『高校時代の仲間とは会ってるかい?』
『ええ、一年に一、二度くらいですが』
『そうか、それは楽しそうでいいね』
『今度伊東先生も参加してくださいよ。きっと皆盛り上がるでしょうし』
『そうだね、声をかけてもらえたら嬉しいよ』
スムーズに交わされる会話。少しずつ気まずさがなくなっていくのが、覗き見してる俺にもわかる。
きっと啓吾は話しながら笑っているんだろう。くそ、親父が羨ましい……(最近は前ほど笑いかけてもらえなくなってるから、俺にとって啓吾の笑顔は貴重品なんだ)。
『君はあまり変わっていないね。そう見えるのは高校生のときから大人びた表情をしていたせいかな』
『先生も、あの頃とほとんどお変わりないですね』
『そうかい?』
『ええ。肌のつやも、二十年前と全然変わらない』
『まさか、そんなわけないよ』
啓吾は親父の言葉に照れたのか、顔を背けて親父に背を向ける。──その啓吾に、親父が近づく。
(なんだよ、親父……それ以上近づくなよっ)
思わずそう叫びたくなるまで接近して、それからようやく足を止める。だけど啓吾は、親父が自分のすぐ後ろまで来ていることに気づかない。
『結婚したんだね。君の子供の柾人君が高校生ってことは、ずいぶん若いときだったのかな』
『……ええ、二十一の時に結婚しましたから』
『そうなのか。はは、皆どんどん私を追い抜いていくな』
『先生は──結婚されていないんですか?』
『ああ。きっと一生このままだろうね』
『なぜです? 結婚する気がないから?』
『そう……なのかな。そうかもしれない。一人でいるのにも慣れてしまったし、それに……今さら私と一緒になってくれるような人はいないだろうから』
『付き合っている人はいらっしゃるのでしょう?』
『いいや、いないよ』
親父の問いにほぼ即答した啓吾に、『俺と付き合ってるじゃねーかよっ』と叫びたいのをぐっとこらえた。もしかしたら、昔の教え子にそこまで深い話をしたくなかったからそういう言い方をしたのかもしれないしさ(きっとそうだろうけどっ)。
『もったいない。先生ほどの方が独身なら、結婚したいと言う女性は山ほどいたでしょうに』
からかいでも侮蔑でもなく言った親父に、啓吾が軽く声を立てて笑う。
『君は昔から口が上手かったけれど、それは今も健在なんだね』
啓吾には、親父の言葉がギャグの一つのように聞こえたらしい。俺は(昔からそんなキザったらしいこと言ってたのか!?)って思っちゃったんだけど(たぶん日本人の半数以上の人間は、今の言葉で鳥肌を立てるんじゃないだろうか)。
ひとしきりおかしそうに笑ったあと、
『でも、私を慕ってくれて、私もその人のことを想えるようだったら──一緒になってもいいかもしれないけれど』
ちょっとだけ真剣な声音に戻ってそう言った啓吾に、親父はあらぬ方向に流していた視線を啓吾の後頭部に移した。
そして、それまでの口調とは一変して厳しい声を発したんだ。
『俺から──逃げたくせに?』
『えっ……!?』
|