運命の温度・本文紹介




「やっと笑ったな」
「──え?」
 僕が顔を上げると、満足げにうなずきながら勝が言った。
「おまえ、一度も笑ってなかっただろ? 俺と会ってから。愛想笑いみたいなのはしてたけどさ。いっつも無表情で、『僕はこの世に何も求めてません』みたいなカンジでよ。生活感が全然なかったんだよなー。
 やっぱ、そうやって笑ったりしてるほうがいいよ。そのほうがかわいい。ほら、キレーな顔してんだからよ」
 そう言って、僕の頬を軽くつねった。いたずらっぽい視線を向けてきて、にっと顔中で笑う。僕は、顔が赤くなるのを自覚した。
(やっぱり、見るところはちゃんと見てるんだ)
 勝がじっと見つめてくるから、僕は恥ずかしくなって、慌ててそっぽを向いた。
『この世に何も求めてない』っていうのは、ある意味当たっているのかもしれない。
 求めてなかったわけじゃないけど、何を求めているのか、自分でもわかってなかったんだから。
「ねえ」
 突然、勝に聞きたくなった。
「勝は……どうして旅してるの?」
 確か、大学を休んで旅してるって言ってたけど、どうしてなのか気になった。
「俺? うーん……」
 突然の問いに、一瞬考える勝。
「……環境を変えたかったから、かな」
「え……」
「俺、あんまり勉強って好きじゃないんだよな。それなのに、なんとなく周りに急かされて進路決めて、よくわかんねぇうちに大学入って……。
 ふっと思ったんだ、突然。『俺はこんなことをしたいのか? こんなところでこうしてるだけでいいのか?』って」
 へへっと、照れくさそうに笑ったその顔は、僕が初めて見る表情だった。
 予想もしていなかった返事に、僕は一瞬驚いた。勝にも事情があったんだ。──きっと僕と同じように、周りの人に話せないような何かが。
「だから俺は旅に出たんだ。『自分に欠けてるもの』を見つけるために、な」
「…………」
 勝の話に、僕は何も言えなかった。
(勝は自分で気づいたんだ。自分には欠けているものがあるって)
 自分で自分自身に疑問を感じ、それを克服しようとしてる。
(僕は……?)
 僕はどうだった……?



本文・前編P40〜P41から


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