『話があるんです』
市郎が真剣な表情で声を掛けてきたとき、俺はあいつが『足を洗いたい』と言い出すかと思った。
【この世界には似合わない】
あいつが組に入ってきたときから、俺はずっとそう思っていた。
細い身体も温和な顔も、真直ぐすぎる気性も……この世界に染まるには綺麗すぎると。
何故堅気の世界を捨ててこの汚れた世界に飛び込んできたのか、そのいきさつは未だに聞くことができずにいるが、入った当初は他の連中にも随分な扱いを受けていたようだ。
それを見かねた親父があいつを俺の下につけたのが、俺たちの付き合いの始まりだった。
俺は他の奴に比べ、難解な仕事を請け負うことが多かった。それもあってすぐに「抜ける」と言い出すかと思ったが(親父もそう見越していたのだろうが)、あいつは一向に逃げ出さなかった。
やがて度胸のよさと些細なことにも気がつく性格に周りがあいつを見直し始め、1年も経った頃にはあいつもすっかり稼業が板についていた。
……それが本当にいいことだったのかは、俺にはわからない。
しかし俺を「兄貴」と呼び慕ってくれる存在は、俺にとって心の支えとなっていったのも事実だ。
若頭という任を放棄せずに続けてこれたのも、あいつが常に側にいてくれたからだと、今は思う。
そんなあいつの幸せを願わずにいられようか? いや、いられまい。
いつその話を持ち出されても快諾できるよう、俺は日頃から自分に言い聞かせていた。
『こいつはいずれ離れていく人間なんだ』と。
だが、あいつがとった言動は、俺の予想を裏切るものだった。
俺の前にその肉体を曝し、「抱いてくれ」と言ってきたとき……俺は自分が夢を見ているのではないかと錯覚しそうになった。
『俺を……抱いてください』
か細く震えたその声に、心臓がどれだけ不穏な動きを示したか──忘れることはできないだろう。
行為を始めてすぐ、表情や動きで市郎が男に抱かれ慣れていないのだとわかった。
それでも手加減することができなかったのは……思い知らされてしまったからだろう。
──本当は俺も、市郎と「そう」なることを望んでいたのだ。
気づいてしまったら、その想いは止められなかった。
無我夢中であいつの肌を貪り、食らいついて──貫いた。
あいつの身体は、それまでに感じたことがないほどの大きな快楽を俺にもたらした。
『──俺の女になるか?』
半分は冗談で、だが半分は本気で俺が言った言葉に、
『俺を……兄貴の女にしてください』
あいつがそう答えてきたとき、充実感が俺を満たした。
他人に執着したことがなかった俺に、冗談でもそんな言葉を言わせたあいつが──俺の中の何かを、少しずつ溶かしていくようだった。
満ち足りた顔が見たくて、俺は今日も市郎を抱いてしまう。俺自身があいつに満たされたいだけなのかもしれないが。
『兄貴……』
濡れた瞳と肉体で俺を誘惑しようとするあいつに、俺は自分でも自制が利かなくなるのを自覚する。
『あ、んっ……そこ、いい…っ……あぅ……っ』
幾度となくその身を貫き、すべてを支配し尽くすほどに己の独占欲で深く満たす。あいつは抗うこともなく、いつでも俺を全身で受け止める。
今まで抱いてきたどいつよりも……市郎の身体は俺の本能を喜ばせた。どれだけ激しく求めても受け止めてくれる肉体というのは、こんなにも深い快楽をもたらしてくれるのかと、最初は驚愕したものだ。
抱かれ慣れた身体は、熟れきった果実のように、甘い。
『兄貴……っ』
足をいっぱいに広げ、全身で俺を誘う姿は、俺の理性を直撃する。
『あに、きっ…も……来てっ……っ』
渾身の力でその身体を抱きしめたいのを我慢し、仕方なく肌を抱き寄せる振りを装う。それがどれだけ辛いことか、こいつは知る由もないだろう。
少しずつ俺を飲み込んでいく菊は、綻んで赤く咲いている。
『あ…あ、あぁ…………』
ゆっくり身を沈めると、俺の動きに合わせて市郎の口からも声が洩れる。俺の背筋を電流が走る瞬間。
『ああ、兄貴っ……熱いっす……!』
そのうわ言に、絡み付いてくる肉の熱さのほうが熱いぞと、何度言ってやろうと思ったことか。
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