Last UpDate (09/12/14)

穏やかな時間

「穏やかな時間」

晴れた空から、眩しい光が降り注ぐ。
緑に茂った木々が、多くの陽光を受けようと一心に葉を伸ばしている。
そこは、魔族達の中でも、位の高い貴族にのみ与えられる広大な庭園だった。

 

「どうしたのですか? さぁ、参りましょう」

 

2人の姉妹が振り返り、声をかけた。陽光の中で髪は鮮やかに紅く煌めき、肌は白く透き通る様に眩しい。

先に声をかけたのは姉のイグニシア。

豊満な胸元を大きく露出させた扇情的な服でありながら、それを包む純白が、彼女の邪心のない笑顔とあいまって清楚さを醸し出す。

アクセントに服を縁取るような赤が それをさらに引き立たせている。

 

「早く旅のお話しを聞かせて下さい」

 

そわそわと、しかし丁寧な歩調で庭園の先にある屋敷へと向かっていた、妹のゼミニアが振り返る。
クリーム色ドレスに黒のコルセット、お姫様然とした服に身を包み、姉とは対照的に平坦な体型は年相応だ。
背丈こそ小さく、イグニシアの影に隠れてしまいそうだが、頭にのせたティアラから覗く癖っ毛はまっすぐに空を指し、その存在を自己主張している。

 

姉妹が振り返り声をかけたのは、珍しく訪れた「外」からの旅人。

 

この、魔王の居城のある王都、ブルーデンハウトを中心とする魔王領は、レリヒオン・ル・ヴァントと呼ばれる見えない壁によって、外界と隔てられており、その壁の向こう側よりやってこられる者は少ない。
魔王の血族や限られた者のみが出入りを許された、いわば異界であった。 故に壁の向こう側を「外」と呼ぶ事も多い。

 

しかし数年に一度、事故や何らかの事象により侵入して来てしまう者も居た。

そういった者は珍しく、その者達のもたらす外の話は貴重であり、子供達や「外」を知らない者達にとっては好奇心の的であり、こうして屋敷へと招かれる事もある。

 

もっとも、そうして現れた彼らが、魔族達に対して友好的であればの話だが。

 

歩き出した旅人に二人はにっこりと微笑み、再び屋敷へと歩を進める。見渡せば、平和で穏やかな風景。

その中を言われるままに、他愛のない会話に花を咲かせながら、二人について歩く。

手入れの行き届いた花壇。綺麗に掃除された石畳。前を歩く、仲の良い姉妹。

 

ふいに、心の底からわき上がる懐かしくも切ない想いがよぎった。

 

これは、どこかで見た大切な光景。

 

これは、いつか過ごした大切な時間。

 

この人は、私の大切な――

 

旅人は足を止めた。

 

背丈と同じ長さの紅の髪が、後ろ髪を引かれるように二人の方へとなびく。

 

「どうしたのです?」

 

イグニシアが笑みのまま振り返り、再び問いかけた。

 

「すみません。私は行かなくては」

 

ここまで、何度も何度も足を止めた。
しかしその度に、姉妹の穏やかな顔を見るとここにこのまま居たいと願う自分が背を押した。

 

「……「外」は、貴女にとってそんなに大切なの?」

 

小さなゼミニアが、自分よりも背丈が少しだけ高い旅人を見上げて問うた。
その表情から笑みは消え、眉をひそめ、瞳は涙で潤んでいる。

 

―――こんなにも、頼りなかったのか。

 

 

「貴女は頑張りすぎてしまうから……。もう少しだけ休んではいけない?」

 

同じく、笑みは消えつつも優しい眼で、イグニシアはそっと両手を肩にかけた。

 

―――私はまたこの人に……お姉ちゃんに心配をかけてる。

 

瞳からこぼれ落ちそうな涙を拭い、旅人は、

 

「……大丈夫。大丈夫です、お姉ちゃん。私にはとっても頼りになる、大切な部下達が居ますから」

 

微笑み、抱きしめるように肩に掛かるイグニシアの手の上にそっと手を重ねた。

 

「例えどのようなことがあったとしても、私は倒れません。そして……」

 

イグニシアの眼をそらさずにじっと、力強く見つめ、

 

「必ずや、魔族に安らぎと平和をもたらして見せます!」

 

迷いのない瞳で宣言した。
旅人……ゼミニアの眼差しを一心に受け、イグニシアは再び微笑んだ。

幼い頃から変わらず空を目指す癖っ毛、姉よりもたわわに育った胸。背丈こそそう変わらないが、隣にいる、小さく頼りない少女よりも確かに成長したゼミニアにただ、優しく、しかしどこか寂しげに。

 

「……そう。貴女の想い、覚悟はとても固く、強い」

 

イグニシアもまた、ゼミニアの眼差しをそらすことなく、まっすぐに受け止める。

 

「……そしてそれはあの子も。貴女とあの子、結果はどうあれ、二人の想いのぶつかった先に出た答えは、きっと貴女の未来を照らすものになると、私は信じています」

 

ゼミニアはゆっくりとまぶたを閉じ、温もりを確かめるようにイグニシアの手を握り、「はい」と呟く。

 

「うん。後はその時、貴方の中に出た答えを意固地にならずに受け取りなさい。貴女は、貴女のものなのだから」

 

イグニシアの言葉を聞くと、そっと手を解き、拳を握る。

先程まで優しい誘惑に負けそうになっていた旅人はもうそこにはいなかった。
確固たる意志と覚悟を持った彼女はすでに、彷徨う旅人ではなく一人の戦士だ。

 

「私は魔王の姫であり、魔王軍の将の一人」

 

黙して二人を見守っていた、もう一人の自分を見る。

 

「小さな胸に敵わぬ夢を抱き続けた、あの頃の私ではない」

 

―――今や敵対する末妹の旋璃亜と、同じ夢を持ち続けていた過去の私では、ない。

 

「真実を知り、力を得て、私は魔族の未来を切り開く」

 

苦笑いのイグニシア。

こう答えれば、彼女を困らせてしまうことを、ゼミニアは一番よく知っていた。

 

ゼミニアの変わらぬ決意。しばしの沈黙。

 

……それでもそこは過去の風景を切り取ったまま。穏やかな時間が、手を伸ばせばそこにあった。

 

しかし、

 

「……それではお姉ちゃん。さようなら」

 

振り返り、過去の自分へ背を向けた。もう戻ることの出来ない過去へ。

 

夢を掲げ続け、いたずらに人々を扇動する愚妹を倒すために。

 

魔族の未来のため、彼女は戦いから逃げるようなことは決して、しない。

 

 

勇者屋キャラ辞典:「完全なる」ゼミニア
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