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2000年1
月号 
Vol. 13 No. 7(Total 167 12)
発行日:
2000.12.24  編集: 寺部


  クリスマス・チャリティーコンサート
 皆様お疲れ様でした。10周年を迎えた今年のクリスマスコンサート。素敵な曲に恵まれて温かい雰囲気の中、楽しく終えることができました。先生方の根気強い指導、団員の努力はもちろんですが、教会の方々の理解と協力がこのコンサートを支えて下さっていることに感謝したいと思います。

 定演とはまた一味違った、シンプルで親しみやすい中にぐっとくる感動があるクリスマスコンサート。私にとってこのクリコンは、一年間の身から出た錆、辛かったことなどを洗い流し、歌っています。楽しみにして下さっているお客様も増えてきているようです。10年の間に考え直さなくてはならない事もいくつか出てきてはいますが、是非よりよい形で続けていけるようにと願っています。

 皆様ありがとうございました。よいお年&よい新世紀をお迎え下さい。                              (クリコンPJ) A. 青山道代
今回は当日券がなくなるほどのチケットの売れ行き(計418枚分)でした。そのチケット代に加え、 先生方、皆様からの献金も含め、¥238,000が教会を通して伊豆諸島被災地支援基金へ寄附される事となり、12/17正副代表とPJチーフで教会へ届けられました。
    
会場アンケートより (回答数 48) 
  特によかった曲
お客様に圧倒的な人気だったのは、
 斎藤先生の
“Ave Maria”  30票
 (全部良かっ たという人を入れれば、37票もの支持を集めました。
 次に
“Hallelujah!”       20票
    “キャロルは流れる  19票
    
“Ave verum corpus”  17票
    
団員の選ぶベスト3  17票      と続きます。
団員の選ぶベスト3の欄には聖なる都と明記して下さった方もおられました。
   演奏会の感想
☆ 20世紀の最後を飾るのにふさわしい演奏会でした。
☆ とても美しくて素晴らしかった。ソプラノ出だしの時は一人で歌っているようで
  素晴らしかった。
☆ 心にひびく美しいハーモニーの嵐がかけめぐるようでした。
  聖書を読んでみたくな  りました。
☆ 迫力のある合唱でした。男声パートが人数のせいもあると思いますが、
  弱く感じるところがあったようですが、ソロ、ピアノもすばらしく、楽しいクリスマス
  コンサートでした。
☆ たくさんの声部から歌が成り立っていて、そのハーモニーがとてもきれいだった。
  ピアニスト、指揮者もそろっていて豪華な演奏会だった。
☆ 詩編42,一週間前に定演で歌った曲でした。違いが興味深く聞かせて
  いただきました。「聖なる都」これがあるから来ます。
☆ 格式張っていないで、ユーモアがあり、馴染み易くてよかった。又頑張って下さい。
☆ 学校で歌ったり、聴いたりしている曲が3曲ほどあったので聴いていて
  楽しかった。  クリスマスメドレーがとってもよかった。声量が素晴らしかった。
☆ 美しいハーモニーを聞かせて頂きありがとうございました。20世紀最後の
  コンサートとても良かったです。アルトが良かったです。
  1曲目がとても迫力がありました。
☆ 混声合唱の美しいハーモニーを聴く事ができるのを楽しみにしておりますが、
  期待通りでした。
☆ とてもきれいなハーモニーに感じ入りました。初めて伺いました。
  アヴェマリアでは今年の私の激動の日々を思い涙を流しました。
  音楽は‘いやし’です。
☆ 声のハーモニーが素晴らしく、迫力がありとても良かったです。
  特に
Hallelujahは高校の時に歌った思い出深い曲なので、聞いていて
  とても感動しました。 
☆ 松村先生のスピ−チがよく判り、楽しく知識も得られてとてもよい。
  斎藤さんのソプラノ、心を打たれすばらしかった。
  初めて聴いた
The Lord bless you and keep you の詩と曲に心がいやされた
  思い。とてもステキでした。

  Best 3
、流石によいハーモニーだった。 
☆ 松村さんのファンになりました。来年もきたい!!
   湘フィルへの意見、要望
☆ 殆どの曲が小品なのだから暗譜で歌って欲しい。
☆ 湘フィルのフンイキが良く出た演奏でした。今度の定演もがんばって下さい。
  特に少数精鋭の男声!奮闘を祈ります。 
☆ ソリスト、松村先生にライトが当たるようにして欲しい。お顔が暗くて残念だった。
☆ 小品は暗譜した方がいいのでは?
  歌唱力のある合唱団なので一言、もう少しバスが欲しいですね。

 とても全部は紹介しきれませんでした。
 アンケートは綴じて受付に置いてあり
ます。どうぞご自由にご覧下さい。


湘フィル活動の予定

・次回演奏会の曲目について  《中期計画PJより》

第3回プロジェクト会に松村先生をお迎えして次期演奏会曲目の検討を行った。
財政面、団員の現状、前回行った団員からの希望アンケートなどの資料を基に話し合いが なされ、松村先生より次のような提示を頂いた。  
     次回演奏曲目: ブラームス “ドイツ レクィエム”
         会場: 横浜みなとみらいホール(大ホール)
         日時: 2002年  10月   
     ※ 会場の選択にあたっては「演奏しようとする曲に対し、できるだけ
       制約の少ない会場を」との先生のお考えに基づき検討した。

1月・2月の練習日程
2001年
1月13日(土) リリスホール    18:15 〜 21:30
   20日(土) 明治公民館    17:00 〜 18:00(女声自主練)
                     18:15 〜 21:00
   27日(土) 明治公民館    17:00 〜 18:00(女声自主練)
                     18:15 〜 21:00
   28日(日) かながわ女性センター(江の島) 《一日強化練習》
      9:30  団員集合
            舞台づくり(イス並べ)
     10:00  発 声
     10:30
       〜    練 習
     16:30
     16:30  後片づけ
     17:00  退 館
   ※ 舞台で使うイスが多少不足する可能性があります。お車でおいでの方で、
     丸イスをお持ちの方は予備としてお持ちいただけると助かります。
   ※ 昼食は各自ご持参下さい。2Fレストランもご利用できます。
     食事室として2F研修室をお使い下さい。
   ※ 練習後、打ち上げと新年会を兼ねた懇親会を行います。
     会場は江の島内(橋の近く)、会費は4 〜 5,000円を予定しています。
     皆様ふるってご参加下さい。 人数把握のため、参加の方は出席簿(受付)に○印を
     ご記入願います。 1/20締切。
     〜 詳細は年明け早々にプリントにてお知らせ致します 〜

2月 3日(土) リリスホール       18:15 〜 21:30
  10日(土) 玉縄公民館       18:15 〜 21:00
   17日(土) 明治公民館   《一日強化練習》 
          13:15  発 声
          14:00
           〜    練 習  ※ 夕食は各自ご用意願います。
          21:00
   24日(土) 玉縄公民館        18:15 〜 21:00     
 2001年1月から5月本番まで、毎月1回、強化練習(一日練習)が
組み込まれます。悔いの残らない本番、そして次のステップへの確かな
手ごたえを得るために、気合いを入れて練習に取り組みましょう!
                        あっという間に・・・本番です…。

 
新しく入団された方にお聞きしました。
 @ 入団のきっかけ
 A 湘フィルの皆さんへのメッセージです。
鈴木登茂子さん(A)
@ 斎藤先生の情熱的なボイトレ。心を一つにミサ・ソレ を
  歌い上げたみなとみらいのステージ。練習から本番ま
  で一貫した音楽で、皆の力を結集してしまうマエストロ
  の魔力?・・・等。忘れられず戻って参りました。
 出戻りですがよろしくお願いします。
A 毎回の発声の時間はたのしみの一つです。ボイトレで
 習得したことを合唱に反映出来たらと思っています。非
 常にむずかしいですが、第一声だけでもよい声で歌える
 よう心掛けています。こんな素晴らしい発声の時間に団
 員が少ないのが気になります。
◎ 今期入団された方全員をまだ紹介しきれず、申し訳ありません。偏に広報の怠慢の 故です。まだ、お声も掛けていない方、早々にお願いに上がります。また、原稿をま だお持ちの方はアルトの寺部までお願いします。
 

<投稿>  『湘フィルに寄せて』                      
  いろいろな事情で12月9日の茅ヶ崎カソリック教会でのクリコンに参加できませんが、数回練習を休んでいる間に、音楽や合唱や湘フィルについて感じたことを 気楽に思いつくまま述べさせてもらいます。おそらくこれらのことはこれからもず っと考えて行くだろうという気がしております。中間のまとめまでに至らない助走 のようなものだと独り合点している一文を寄稿させていただきます。
 練習を休んでいる間に手持ちや図書館で借りたいろいろのCDを聴きました。バッハ・ブラームス・メンデルスゾーン・フォーレ・ラフマニノフ・マーラー・ド ボルジャーク・シャンソン・アンデスの歌・森山良子や加藤登紀子の歌・スクリーンミュージック・男性合唱等々です。その時々の気分に一番ぴったりする曲を選んで聴いていたと思います。そして多くの場合それらの音楽は私を幸せにし、満足させてくれたと大雑把ですが言えると思います。それはおそらく丁度湘フィルで歌いながら他のパートや全体の音を体で受け止めている時と同質のものと思います。優れたものは何でもそうでしょうが、優れた美しい音楽の持つ魅力が私を幸せにし満足させてくれたのだと思います。そして私の場合ですが、忘れてはならないのは、ある日聴いたり歌ったりする音楽の背後に感ずるある何か、それは私をこれまでそしてその音楽を聴いているその一日を支えてくれた大きな力の存在であり、多分そ の力がこの喜びや幸せを与えてくれた主役であるに違いなく、音楽は脇役に過ぎな いのだと思いました。音楽や歌うことは日常の疲れを癒し吹き飛ばす慰めを持つこ とは言うまでもありませんが、そして歌うこと自体が喜びであることも言うまでも ありませんが、逆説的な言い方になりますが音楽は幸せな時や恵まれた時の喜びを さらに深めてくれるものだという経験をしました。音楽や歌うことは苦しい時も幸 せな時も等しく自然に心の奥底から流れ出す幸せの涙ではないでしょうか。間違っ ているかもしれませんが音楽の本質は浪漫的な何かだと思います。おそらく最も高 い質での感性の美を求める行動でありそれが必ず与えられるものと言ったら理想論 あるいは非現実的でしょうか。
 さらに一般論ですが、合唱にせよオーケストラにせよ音楽の本質は限りなく自由で、 一人一人の個々が尊重されるべきで、各人が奏で、歌いたい歌は決して束縛されるべきではないと確信します。あらゆるイデオロギーから自由であり、また一方において個人の歌こころに基づく演奏や歌は集団によって決して牽制や制約をしてはならず、如何なる場合にも個人がその集団に属せんと欲する限り、その個人の音楽に 対する生命(いのち)は尊重されなければならないと思います。言うまでもなく創り出さんとする音楽の質やいのちの指導は指揮者の手中にありますが、その個人の歌こころが指揮者のそれにプロテストする場合も十分有りうると思います。何故なら音楽はその矛盾を包み込む全人的な大きなものと思うからです。個人と集団の関係は切っても切り離せませんが、個人がいなければ集団が成立しないのもまた真実 です。
 ところでオーケストラにせよ合唱にせよ否応なしにハーモニーということに導かれます。いうまでもなく優れたハーモニーは聴くにせよ歌うにせよ弾くにせよ代え 難く美しく、当然追求されるべきものでしょう。演奏する仲間が多ければ多いほどその優れたハーモニーの迫力が生まれるとともにその欠点もまた良く分かると言ったらご批判が出るかもしれませんが、人数の多少にかかわりなく、おそらく最も大切なものの一つと言う気がします。あるいは最も難しいことかもしれません。ハーモニーとは「関係」であり、誰でもがおそらく経験している人2人だけでも最上の関係を作り出すことはいかに大変かを考えると、音楽的ハーモニーの創造は人間関係同様音楽理論、感性、音楽愛なくしては生まれない難問と思います。下手な演奏でもハーモニーが創造できればそれが全てと未熟そのものの私が言ったら異論が出るかもしれませんのでペンディング課題として止めるとともにご批判を仰ぎます。
 もう一つ演奏には楽譜がなければ始まりません。この楽譜をどう扱うか、併せ歌の場合歌詞をどう扱うか。これも十分考えて見る価値がある問題と思いますが、松村先生にお教えしていただくことにしペンディングの状態です。先生の殆ど完璧なテンポ感のある必要にして十分なご指導を通し、また音楽の感性の最先端で、最大限の内的に充実したものを与えて下さる指導を受ける幸せは湘フィルの特典且つ特権と思います。そして服部先生があとに控えておられるのは心強い限りです。優れたピアノにもいつも感嘆しています。

 先日鎌倉の雪ノ下カソリック教会にふと足を踏み入れました。女性が一人座って いて祈っていました。正面に大きな十字架があり、脇のマリア画像とともに、マリ ア様の前に生けられた見事な百合の花が印象的でした。湘フィルの歌もこの百合が 放つかぐわしい香りのようにきっと茅ヶ崎カソリック教会の礼拝堂で歌われること でしょう。

 今、今夏天城山荘で自由曲として歌った佐藤春夫の詩に大中恩氏が作曲した「秋の女よ」のメロディーを下手そのものですがとても大好きなので口ずさみながら小文を終わります。


2000.12.3        感謝を込めて   三浦邦雄




▲▽編集後記▽▲
 クリコンが終わってホッとする間もなく、学校では面談と通知票と忘年会(これも仕事の内!?)に追われ、その合間を縫っての通信づくり・・・(うわぁ、今年は年賀状も買ってない・・・!)と、毎年「師走」を文字通り実感している私、今年も待降節に何の心の準備も出来ずにクリスマスを迎えてしまいました。私の20世紀もこうしてドタバタと終わっていくのでしょう。そういえば、ヴェルディもまた世紀末を生き、新世紀を迎えたところで亡くなられました。彼はどんな思いで20世紀を迎えたのでしょう。まさかその20世紀がこれほどの激動の世紀になろうとは・・・。20世紀を振り返る時、私たちとヴェルディの時代との間に横たわるこの100年の重みを感じざるを得ません。この100年を経て、私たちにはどんな「レクィエム」が歌えるというのでしょう。                                  Tama