[01]老いの小文「一」
長い舗道につらなる街灯は
恋人達のアクセント
ずっと照らされていればいいものを
暗闇に行くのはなぜかしら
老いの入り口で夜風に吹かれている
[02]老いの小文「二」
渡りする蝶は薮の中で春を待つ
冬の日を浴びて渡りもできず私は
日がな一日うるま酒を飲んでいる
[03]老いの小文「三」
丘の上の日が落ちて
仏舎利塔の影の舌先が伸びる
[04]老いの小文「四」
誘拐はなぜか夕暮れ色
からす帰る里にジンタ遠く
闇 勢いづいてひろがる
[05]老いの小文「五」
ナイフを入れた手首に血が滲む
忠もなし孝もなし
エネルギーのままに
悲しみと喜びは日々繰り返し
自分が世界の中心に思えた十五の頃
[06]老いの小文「六」
風の便りにさえ
消息を聞かなくなった君の
制服が目の前にある
電車に揺られて
ふるさとの山河とともに
[07]老いの小文「七」
君をモデルに絵を描こうかな
一ヵ月かかるかな 二ヵ月かかるかな
五〇年かかるかな
暗い酒場の端っこで
古いコマーシャルつぶやいている
ーー若かったな
[08]老いの小文「八」
過ぎた日を閉じて
日がな一日パソコンに向かう
[09]老いの小文「九」
命は枯れるものと知りながら
行き暮れて我を嗤う
野に眠れば
黒き空に天の川濃く
宙をさまよう
[10]老いの小文「十」
救われたのは私
焼野原で水配り
テントの中から「ありがとう」の声
裸の人間の
生きようとする力に触れる
[11]老いの小文「十一」
深い皺から鳥の群れを探し艪で近づく
婆は糸を垂らす
追うアビ、逃げるイカナゴ
昨日も一昨日も同じことの繰り返し
本日真鯛一匹の収穫に感謝する
[12]老いの小文「十二」
がらんどうの家に一人でいた母が
耐えたものは何だったのか
喜びは何だったのか
黒ずんだ梁と天井に向かって
線香の煙がのぼって消える
[13]老いの小文「十三」
日蝕のリングよ残れ
一瞬の輝きに子供たちと喝采する