20冊目 「うさこちゃんとどうぶつえん」
ディック・ブルーナ ぶん・え
いしい ももこ やく
いしいももこさん2連発です。
いや、そういうわけではないんですけど石井桃子訳って多いですね。
やはりいしいさんなくして絵本は語れないでしょうか?
いやいや、そうではなくてディック・ブルーナの紹介なのですが。
しかしなぜにうさこちゃん、いやそれよりもふわふわさんは
すごすぎ、いや素敵すぎ、まいっちゃうよなあ。
いやいやいや、それは「ちいさなうさこちゃん」だろ。
そんなことよりあの白いうさぎの女の子のお名前なあに?
うさこちゃん?ミッフィーちゃん?
やはり今はミッフィーちゃんでしょうか。だとしたら
うさこちゃんと呼んでる方はおっさんおばはんってことか。
どちらでも呼べるぼくはとっつぁんぼうやなのだろうか?
それより数あるブルーナ絵本の中でなぜこれかというとくじ引きです。
だってブルーナの絵本ってどれも同じなんだもん。
いや、同じなんだもん、という言い方は良くないな。
ということで少々おいたが過ぎたので、ちょっぴり真面目にいきます。
ブルーナの色、ブルーナの形、ブルーナのことば、ブルーナの本。
それはすべてこれをてにするであろう子供達のために考えられたもの。
まったく無駄がなく。まったく隙がない。
現在の、上辺だけの、無意味に合理的なデザインではないブルーナの作品は
なんだか武道の達人の技をみるようで、おもわず息を飲んでしまう。
こども達に伝えたいことを的確に伝えるためのデザイン。
それはある意味すごく濃いデザイン、それはカルピスの原液を飲むような
実のところ大人のぼくにはかなり胸やけしそうな濃さだったりするんですけど。
そこで重要なのが石井桃子さんの翻訳ですよ。
ちょっと今どきのことばからすると古めかしい言い回しがあったりもしますが
その古さも含めて、しずかで、きれいで、ちょっとおちゃめなことばたちが
ちょうどいい感じでブルーナのデザインを薄めてくれます。
まさに飲み頃お年頃。
ちょっとわけわかりませんが、石井さん翻訳のミッフィーちゃんは
そんなちょっぴり奇跡のようなバランスの絵本だと思います。
いやいや実際はもっと悪ふざけしながら読んでるんですけどね。
それこそいちいちツッコミいれながらよんでるんですけど。
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