ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱つき」(1942年盤) OPK7003
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 フルトヴェングラーの「第九」と言えば(というよりただ「第九」と言えば)いわゆるバイロイト盤というのが定説だし、もちろん僕も愛聴していたが、このオーパス蔵盤が出るに至ってファーストチョイスがこの戦時中の実況盤に変わった。メロディア盤より格段に音が豊かになり(特に低音と合唱)、録音自体もどことなくもどかしいバイロイト盤より「フルトヴェングラーの第九」を愉しめる一枚となった。

 とにかく迫力が違う。やけくそでぶっ叩いているとしか思えないティンパニ(第一楽章再現部冒頭の一撃はいつ聴いても鳥肌が立つ)や、完璧に決まった集結部など、クラシックを聴く愉悦を十二分に味わえる。宇野功芳氏は終楽章のフガートを速すぎると言うが、フルトヴェングラーの表現のカロリーからして、むしろこのぐらいの速さが妥当だと思う。その後の合唱の速さもこうでなくては、と思わせる。

 デリカシーに欠けると言われればまさにその通りである。しかし、この音楽はデリカシーなんてものを要求しているのだろうか。裸になって己の全てをぶちまけちまえってな音楽ではないだろうか。そして、フルトヴェングラーもBPOも全てをぶちまけている。これはそんな奇跡の瞬間を捉えた、まさに奇跡の一枚である。

 ちなみに、この演奏はBPOの定期演奏会の演奏と、ヒトラーの誕生祝賀祭コンサートの演奏のハイブリッドだとも言われている。第四楽章の合唱部は悲劇性に満ちていて、とても「歓喜の歌」とは聞こえない。もしこれがヒトラーのための「祝賀祭」のために歌われたのだとしたら、指揮者はこの音楽にどんな想いを込めたのか、想像するに余りある。

(07/3/3記)

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