心狸学・社怪学(角川文庫)
★★★★
『農協 月へ行く』は暢気にゲラゲラ笑えるが、この本の毒は服用すると背筋が寒くなるタイプのものだ。くわえてユーモアのオブラートが薄く、著者の冷笑的な視線が剥き出しになっている。
『催眠暗示』『ゲゼルシャフト』『マス・コミュニケーション』などは、愚かな大衆とその旗振り役であるマスコミを皮肉った作品だが、あながち荒唐無稽とも言えず、笑えない。アイロニーだと言って済ませるには、ともすれば現実の方がよほど俗悪だからである。
男性がセックスを放棄し、ひたすらオナニーに没頭する社会を描く『フラストレーション』、持ち家族と団地族がいがみ合い、やがては戦争に発展する『優越感』などは、それぞれ現代人の自己愛の増大や、格差社会を予見したものといえる。特に『フラストレーション』は、笑うどころか身につまされてしまう。
全14編、いずれの作品も毒に満ちているが、その毒は結局は現実の方に内在しているものであって、筒井は冷笑とともにそれを裏返して我々の眼に触れるようにしているに過ぎない。この本を読んで笑えないのは、現実の毒が身体に染みこんでしまっているからだろう。
一番危ないのは、そのことに無自覚で、ゲラゲラ笑えてしまうことだろう。
(07/6/3記)