旅のラゴス(徳間文庫)
★★★★
物語を破壊するのが常である著者による、珍しい歴とした物語であり、僕のもっとも好きな物語の一つである。
心躍るファンタジーである。剣も魔法も、華やかなロマンスがあるわけでもないが、著者の巧みな筆致にいざなわれるままに、読者はラゴスとともに異世界を旅し、珍奇な体験をすることになる。
この物語の特徴は、ラゴスの旅が進むにつれてこの世界全体が発達していくという点だろう。旅が即ち世界の社会史となっている。「王国への道」や「氷の女王」はまさにそうした章であるが、小難しさはなくむしろ臨場感に満ち、変化の先に待つものを早く知りたくなる。
一方で、短いエピソードはファンタジーの醍醐味に満ちている。「集団転移」「壁抜け芸人」などは、さり気ないが気の利いた話で、非常に楽しい。
筒井康隆の最大の特徴は、何と言っても人間描写の巧みさにある。それはスラプスティックであろうが、ファンタジーであろうが変わらない。この作品はラゴスの一人称で描かれているから、ラゴス自身の直接の描写というのはもちろんないわけだが、読み進むにつれて知力・判断力に優れたラゴスの姿が明らかになる。その他の人物も、悪役を含めて活き活きとしていて魅力的である。
ラゴスの旅は終わることなく、逆に新たな旅の始まりによって物語は幕を下ろす。ラゴスの最後の、そして果てのない旅は、それまでの現実に根差したものではなく、物語の通奏低音となっているデーデの幻想を追ってのものである。その対比が、物哀しくも美しい。
(07/6/3記)