心躍るリズムの競演 ドュトワのラテンの夕べ

 学生時代に半期だけ会員だったこともあり、N響の演奏会には結構通った時期もある。しかし、あまり感心した憶えはない。手堅い演奏は聴かせるのだが、音楽に欠かすことのできない血の通った熱さを感じることがなく、鼻白んだ気分のまま家路に着くことが多かった。

 しかし、この演奏会は例外的に素晴らしかった。今までいろいろな実演に接してきたが、一番胸がドキドキして身体がノッた演奏会だった。

 手許に資料がないのでうろ覚えなのだが、ラテンの夕べと題された当夜の演目は
ヒナステラ:「エスタンシア」組曲
ラヴェル:「ラ・ヴァルス」
ピアソラ:曲名失念(バンドネオンと管弦楽のための音楽)
ラヴェル:「ボレロ」
というものだった(もしかしたらもう一曲あったかもしれない。曲順もうろ覚え)。

 いずれも熱いラテンの血の通った曲であり、ドュトワの棒はその熱をそのままに、しかもキラキラと洗練された美しい音で再現する。N響も熱い演奏でそれに応えていた。

 一番面白かったのが「エスタンシア」組曲。ヒナステラはアルゼンチンの作曲家であり、欧米人とは全く感覚が異なり実にユニークな曲だったが、最高に楽しかったのが終曲。農民の踊りの音楽なのだが、打楽器が超ノリノリのリズムを刻む中、管弦楽が同じ主題を繰り返しながらクライマックスを築いていく。「ボレロ」ほど洗練されておらず、文字通りラテンの血が騒いでいるような、土臭くも愉しいことこの上ない音楽だった。サントリーホールでリズムに合わせて身体を動かしたのは、後にも先にもこのときしかない。

 後日このときの模様をNHKが放映したのを見たが、スネアドラムと木琴の奏者が全身でリズムを取りながらノリノリで楽器を叩いていた(ただし表情は硬いのがN響らしかった)。これは数少ない「踊れる」クラシックである。

 「ラ・ヴァルス」も素晴らしいの一言。ドュトワの卓越したリズム感には舌を巻く。しかも、オケから紡ぎ出す音もまたこれまで聴いたことのないような、ゴージャスなのに繊細な美しさで、大変贅沢な気分にさせてくれた。

 ピアソラの曲で初めてバンドネオンの音色に触れたが、哀愁と熱気が同居したような複雑な音だったのを憶えている。太ももの上に楽器を乗せて弾く独特の弾き方にも惹かれた。

 「ボレロ」はCDを含めて今まで聴いた中でのベスト演奏。音色・テンポ・リズム、全てが理想的だった。無理にオケを煽るようなことはせず、むしろ軽妙な指揮ぶりなのだが、巧みにオケのテンションを上げ、華麗な音の祭典を繰り広げる。音だけでなく、こちらの眼までキラキラしてしまうような音楽だった。

 小学生とかにもこういう音楽を聴かせるべきなのだ。子供に必要なのは、分かりやすい音楽ではなく本物の音楽である。子供向けの、とか言ってその実ただ知名度が高いだけの曲をつまらない演奏で聴かせても、子供が音楽に興味を持つとは到底思えない。この日の「エスタンシア」組曲や「ボレロ」を聴かせれば、間違いなくクラシック音楽が好きになるはずだ。

(07/8/23記)

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