90.食べる
ラッコが水の上に仰向けになり
腹の上の石に貝をぶつけて、貝殻を割り
生身の貝をうまそうに上機嫌で食べている
スピード感のある食欲は食品加工工程を見るようで
貝の蛋白質がラッコの毛皮の蛋白質や
可愛い目の蛋白質に変化しているように見える
この変化に特別の意味はない
数個の貝が死に、ラッコの一日の豊かな
活動的な生存を支えているだけだ
ある生物の種が爆発的に増えることを阻止し
全体の生命系を安定させようとしている
環境が適合すると生物種は宿命的に爆発的な増加をする
一回の複製に一時間かかるとしても
五億になるのに二十八時間しかかからない
食物連鎖は種の暴走を食い止める為に
DNAが見つけた唯一の方法だった
貝という種が餌を与えることによって、ラッコを飼っているとも言える
それにしても、なんてラッコは楽しそうだろう
魚や羊や野菜や米が協力してヒトを飼っているとも言える
明恵上人が
承久の乱に破れた後島羽上皇方の人々を寺に隠して
北条泰時に言った
釈迦如来の昔には
鳩に代って全身を鷹の餌とし
また飢えた虎に身を投げたという大慈悲があった
隠し得るならば
袖の中にも袈裟の下にも隠して命を助けたい
食物連鎖を逆上る程
大きな慈悲があり、生命の根源に近づく
僕達は食物連鎖の頂点にいるのではなく
最下位にいる
そして、大慈悲から最も遠い