86.砂漠の女神

長い時間が経過した
裸の体の至る所にキスしても特に何も感じない
砂漠に一トンの水を撒いても何も変わらないのと同じことだ

横たわるビーナス、乾いた砂でできた美しい形態

スラリと伸びた足に触れると何の抵抗もなく大きく開く
砂漠の砂のように滑らかな膚

砂漠の夕日は美の地平線、そしてこのビーナスは美の極致
でも僕は愛を失った、この美が過ぎ行くべき時間を失った
四百万年間、僕達は何をしたのだろう

楽園のような森を失い、風に揺れる草原を失った
森で憩う優しい象の群れを、草原で草を食む野牛の群を見失った
象には森が似合い、野牛には草原が似合う

何と悲しいことに僕達には砂漠が似合う
目覚めておくれビーナス、立ち上がって下さい地母神様

生命が芽生えた後の最初の危機は原始海洋中に蓄えられた有機物の枯渇
藍藻類が現れて、光合成を始め、その危機は去った
そして効率のよい酸素呼吸を行う好気性バクテリアが現われ
光合成による酸素の発生と組合わさって、生物の酸化還元系が完全な循環系になった

そしていつの時代も、この循環系は生命に導く愛の循環となった
繁茂し、大型化したシダ植物には
それを噛み砕き窒素化合物として土に返す巨大な爬虫類が寄り添った

植物は動物を必要とし、動物は植物を必要としている
花の咲く植物は風による受粉よりも確実な
昆虫や小鳥による花粉の運搬を選び、信頼した

そして実を食べる鳥や動物に種を保護し、遠くへ運んでもらった
種の中身を食べられる栗は失敗に気がつき、毬をつけたのかも知れない

大草原が発達するには
牛や象が燐酸や窒素化合物を効率良く土に返し
肥沃な土地に変えることが必要だった

窒素化合物の少ない痩せた土地では
食虫植物が直接昆虫類を食べて窒素化合物を摂取する
結局、動物が植物を食べ、植物が動物を食べ
その増幅される愛の循環で有機化合物を蓄積する

僕達は森を消費し、草原を消費し
地底の過去のシダ植物や微生物までも消費した

そして砂漠が似合う

目覚めておくれビーナス、立ち上がって下さい地母神様
感じて下さい砂漠の女神様