78.メトロの恋人

込み合ったパリのメトロ
愛は存在しない男と女

座席が一つ空いたので、女が座った
隣に座っていた中年のアラブの男が立上がり
女の連れの僕に席を譲ろうとした

女の恋人でもない僕は、アラブ人に強く辞退した
そこはあんたの席だ、腕を取り背中も押した
アラブ人は頑固だった

いや、席を譲る、女の横にはお前が座れ
僕は仕方なく、遠慮がちに連れの女の横に座った

女の恋人でもない僕が女を心底
愛しているのが分かったのだろうか

深い眼差しの女の姿に神性を感じ
何か彼の持っているものを
差し出さずにはいられなかったのだろうか

僕も認める
僕の連れの女は恋人ではないのだが
マリア様のようになれないのを嘆いている