40.乙女椿

老人が乙女椿の枝に手を触れて
少女を見るように可憐な花に見惚れている


ソロモンの栄華が野の花に及ばないように
道長の栄耀栄華も一輪の乙女椿の妙なる風情に達しない

酒を多く飲み、客を愛した老人が死ぬ時に
栄耀栄華もしたと言ったのは
誰よりも多く酒盛りをした事を言ったのか
乙女椿に見惚れた事を言ったのか

生身の女を愛する事に疲れた男は
乙女椿を少年の日に憧れた夢見る少女と思う
時の流れの中で同じ空気を呼吸し
同じ時間、空間を共有している野の花も乙女椿も兄弟や姉妹と思う

僕達は自分だけの都合で進化してきたのではなく
野の花や乙女椿と一緒に育ち
お互いを必要とし色彩と調べと感受性を共鳴させている

ソロモンの栄華よりも美しく着飾り
道長の周りのどの女より妙なる風情で
咲きたいという願いが聞き届けられた
そして老人に乙女椿を愛してもいいという願いが聞き届けられた