25.時間のない空間
巨大な建物の前で恋人とキスをした
天に向かう尖塔は宗教的意味を持たない単なる鋭角
中庭にある裸体の彫刻は女神でも天使でもない
ただのそれらしき裸体の女
祈りを失い宗教を失うことによって時間を喪失した
時間のない空間が白々しく存在を主張している
空間のない時間は存在しない
時間のない空間は意味がなく愛を失う
僕達はキスによって顫えるような時間を獲得する
おお、東京都庁よ、訳の分からない巨大な建物
中庭の裸女像は二十世紀の多忙の産物
歴史の中に現われた美の様式の雑多な思い出
美が祈りではなく
切り売りされた時間の退屈しのぎの補填物
切実な愛の代用品
正確無比の構造の強度計算
建築物の設計手法の漏れのない適用
更に建築美学まで考慮されている
この建物の前で
この高度のコンピュータ計算の前で
僕達にできることは中庭のベンチの上で
建物と裸女像の間に見える月を眺めながら
キスを繰返すことだけだ
舌と舌が希望に溢れる未来と不安定な空間を伝えてくれる
この建物は完成した瞬間から記念物となり過去のものとなった
舌の接触は未来へ繋がる夢の懸橋
文明よ、二十世紀よ、主張するがいい
恐るべきお前の力を、破壊力を、創造力を
科学・技術の勝利と誇ることができるだろう
お前に対抗できるのは
満月に欅の下でキスする恋人達
歌舞伎町で裸体を切り売りする愛の天使
キスは毎回新鮮で愛撫する乳房は
常に新しい形状と起伏で手と口を魅了する
この真新しい技術の粋を集めた建造物の前で
恋人達はより一層新しい
蟻が足に登って来る程長い時間キスをした