松井さんは不思議な雰囲気を湛えた人だ。初対面のときにも、旧知の間柄のようにすっと会話が始まったし、久しぶりにお目にかかっても、散歩の途中でばったり会いましたというくらいの気軽さで話の懐に飛び込んでくる。あっという間に対象との距離を縮めてしまう才能は、きっと彼女の写真にも表れているのだろう。カメラを片手に見知らぬ土地に入っていきながら、相手がよそ者だと思う前に風景に溶け込んでしまうのだ。
そんな人を前にしたら、自然だってしかめた眉をほどいて、囁きだしてしまうに違いない。son et lumiereと題されたシリーズは、日本各地をそうやって切り取ってきた記録だ。島根の琴ガ浜(第一回)では、砂浜と海と空がゆるやかな、薄い朱色のトーンの中で渾然一体となり、見るものの遠い記憶に語りかける。屋久島の高原(第二回)の、重くぬれそぼった大気の向こうには、精霊たちの踊る姿が見えるようだ。
今回、松井さんは沖縄の久高島に向かわれたそうだ。複雑な歴史を持つ琉球の、始祖が降り立ったという神の島。ならば遺跡名所も山ほどありそうな気がするが、松井さんはそういうものには目もくれず、一晩中、空と海に向けてシャッターを切っていたらしい。月と金星がティルル(神の歌)に合わせて踏むステップに夢中になっているうちに、サンゴ礁の彼方、東の水平線から太陽が大海原を輝かせて昇ってくる。その方角に、魂の赴く場所ニラーハラーがある。神の島の大自然が奏でる生と死のリズム、光の交響楽に、松井さんは聴き入っていたのだ。