松井洋子 Matsui Yoko 写真家 Photographer 松井洋子 Matsui Yoko 写真家 Photographer

son et lumiere 2006

言葉 Text
長門 佐季(神奈川県立近代美術館学芸員)

 淡い光と静けさが画面全体を包み込んでいる。目を凝らし、耳を澄ますと、そこからはさまざまな声が聞こえてくる。懐かしいような、見知らぬ風景。松井洋子がカメラを通して生み出す風景は、見る者を遠い記憶へと誘っていく。

 これまで35ミリで撮った白黒写真を発表してきた松井が、今回の展覧会に際して意欲的に取り組んだ大判のカラー作品。一連の作品には、「音と光」を意味する仏語の〈son et lumiere〉というタイトルが付されている。撮影場所は島根県の琴ヶ浜という海浜で、鳴き砂で知られるその浜は、松井の師である植田正治が暮した鳥取からもそう遠くはない。日本海側特有の鉛色の空と白い砂浜、そして小波をたてて寄せる海。風景とまっすぐに向き合う松井によって見出された音と光がそこにある。

 正方形のフレームにおさめられた作品を、一点ずつ水際から空に向かって視線をあげていくと、水気をたっぷり含んだ重たい空気に溶けてしまいそうな水平線が、微かに左右に傾いている。波打ち際で変幻自在する海岸線と傾く水平線。流動性を帯びたふたつの境界は視角に微妙なズレを与えつつ、内と外の境界にもなって、連続する時間のなかに消えていくようだ。そしていま、松井洋子はひとつの境界を越えて新たな一歩を踏み出そうとしている。