宮沢賢治ワンダーパーク |
作家をネタにした施設というと、どこもかしこも誰も彼も、判で押したように、 「文学館」 ということになっているが、どうにかならぬか。 ・川端康成文学館 ・井上靖文学館 ・山田風太郎記念館 ・与謝野晶子文芸館 ・樋口一葉記念館 ・司馬遼太郎記念館 ・鎌倉文学館 ・石川啄木記念館 ・寺山修司記念館 ・かごしま近代文学館 ・高村光太郎記念館 ・埴谷雄高・島尾敏雄記念文学資料館 ・林芙美子文学館 ・田山花袋記念文学館 ・白樺文学館 ・日夏耿之介記念館 ・萩原朔太郎記念館 ・西村京太郎記念館 ・武者小路實篤記念館 などなど、建ても建てたり。図書館や博物館のコーナー展示を含めれば、全国には約400の文学館・展示室があるというのだ。まあもちろん、資料展示をメインとしたこのような文学館にも、それなりに楽しみや味わいがあるのだけれど、それにしても、である。 「コンテンツの時代」 と喧伝される現代にあって、まさにそのコンテンツの源泉ともいえるのが、これらの作家たちではないのか。それを単に、初版本や自筆原稿や書簡やら写真やら愛用の万年筆やらを展示して、それで事足れりとしているなんて、いわば死蔵しているのと変わりがない。 せっかくの貴重なコンテンツなのだ。他ではできない活用法を試みてもいいのではないか。 たとえば、これらの文学館の中でも噴飯物なのが、札幌市にある、 「渡辺淳一文学館」 である。ブハッ。くだらない。 ホームページを見ると、安藤忠雄の設計によるコンクリート打ち放しの建物で、「生原稿、創作メモ、取材時の写真をその都度常設展示室にて展示」などと誇らしげだが、ばかばかしい。渡辺淳一の愛読者が、そんなものを見て喜ぶとでもいうのか。それこそ、読者をないがしろにする行為というものだ。 あの渡辺淳一の世界を、官能に満ちたドラマを、コンテンツとして本当に生かす気があるならば、ありきたりの文学館などであっていいわけがない。たとえば、そう、 「渡辺淳一秘宝館」 これならどうであるか。 受付に座っているのは、三十代後半で夫との関係は冷えているけどでもまだ身体は女で‥‥、という背徳的な色気を濃厚に漂わせた人妻で、その脇を通って(もちろん、不倫カップルは入場料半額などのサービス付きである)薄暗い館内に入ると、そこに展示されているのは、『失楽園』における久木と凛子のラブシーンを綿密に再現した等身大フィギュアやら何やら。(読んだことないので例が思いつかなくてすみません。) それなら、ファンも大喜び。 「はるばる札幌まで来た甲斐があった」 というものであろう。 あるいは、たとえば池波正太郎には、浅草に「池波正太郎記念文庫」、信州上田に「池波正太郎真田太平記館」があるのだが、やはりこれらも、池波正太郎という素晴らしいコンテンツを、 「無駄にしている」 といわざるをえない。(真田太平記館には、「忍忍洞」で草の者気分を味わおう、なんていうスペースがあったりして、少しひねってはあるのだが、それでも、この程度では物足りない。) 池波正太郎に多くのファンが求めているのは何か。やはり、 「食事」 であろう。あの、梅安や「剣客商売」のおはるがささっと手早くつくるような、さり気ない筆致で表現された、それでいて目にするだけで食欲をそそられる数々の料理を、実際に味わってみたい、と思っているファンは数知れぬ。 となれば、お高くとまった文学館など建てていないで、鐘ヶ淵あたりに、 「田舎料理の店 おはる」 などをオープンしたほうが、よほど読者の期待に応えられる、というものだ。本日のおすすめの中から〔鴨飯〕を注文すると、むっちりとした肢体のちょっと舌足らずの若い娘さんが、 「鴨の肉を卸し、脂皮を煎じ、その湯で飯を炊き、鴨肉はこそげて叩き、酒と醤油で味をつけ、これを熱い飯にかけ、きざんだ芹をふりかけて」 出してくれるのである。むふう、たまらぬ。 もっとも、 「僕は、ちょっと、おはるみたいな女性よりも‥‥、どちらかというと三冬さんのほうが‥‥」 という人には、真崎稲荷の近くに開設された、 「道場 三冬」 の体験コースで、凛とした女剣士にビシビシしごいてもらう、というのもいい。 さて、文学館という名のコンテンツ死蔵、というこうした事態の最たるもののひとつが宮沢賢治のそれであることは、言を俟たないであろう。(エー、そんなことないよー、泉鏡花だよー、とか何とか、そういう面倒なことは言わないで、黙って聞いてください。) 賢治の生地、岩手県花巻市には、「宮沢賢治記念館」という、例によって当たり障りのない名称の文学館がある。ここには、 「賢治の愛用品、原稿など賢治ゆかりのものの展示のほか、ビデオやスライド、図書資料など」 があり、それらを通して、 「賢治宇宙にアプローチすることができます。イーハトーブの世界をぜひ一度、あなた自身で感じ取ってみてはいかがでしょうか」 というのだが、ちょっと待った。「イーハトーブの世界」を「感じ取る」ことなど、わざわざ文学館なんかに足を運ばずとも、賢治の作品を読めば、誰にでもできる。せっかく賢治の生地なんだから、ここでしかできないことをするべきではないのか。 それにそもそも、あの繊細にして豊穣、素朴にして華麗、ファンタジックでなおかつリアリスティックな、森羅万象、宇宙のすべてを取り込んだかのような作品世界、科学者で信仰者で教師で農村改革者でベジタリアンで、といった多彩な側面をもつ賢治というキャラクターを、「文学館」などという卑小な空間に閉じ込めておいていいはずもない。 宮沢賢治記念館とは別に「宮沢賢治童話村」(注1)という、賢治の童話世界とモチーフとした施設もあるにはあるが、所詮子ども向け、賢治の全体像から見ればそのごく一部を都合よく切り取っただけのものだ。 めくるめく宮沢賢治の世界、その闊大なコンテンツを十分に生かしきるには、もっとダイナミックな、老若男女誰もが楽しめるような施設でなくてはならぬ。そう、ディズニーランドのごとき、 「テーマパーク」 これがいい。 名づけて、 「宮沢賢治ワンダーパーク」 である。 うーむ、楽しそうではないか。 さあ、ここがどんな魅惑に満ちた施設となるか、試しに考察してみよう。 東京ディズニーランドが「アドベンチャーランド」「トゥーンタウン」「トゥモローランド」といったテーマランドに分かれているように、宮沢賢治ワンダーパークも、賢治のさまざまな側面をテーマとするいくつかのエリアに分かれている。オープン時には、とりあえず、「メルヘンパーク」「ミネラルパーク」「法華パーク」「羅須地人パーク」の4つが揃っていればいいだろう。いずれ「結核パーク」などを整備していけばよい。 いずれのエリアにも、賢治のキャラクターや作品をモチーフとしたアトラクションが立ち並ぶ。 人気のアトラクションのひとつが、 「風の又三郎・ザ・ウインド」 である。いや、もう、スリルあふれる、すさまじい勢いのローラーコースターだ。 「どっどど どどうど どどうど どどう」 と轟音をあげながら、風のごとく突き進んだり、ひねったりねじったり。 この手のものが苦手な人は思わず目をつぶってしまいそうだが、賢治ファンなら最後まで目を見開いておきたい。急カーブを曲がる瞬間、ときどき、青いくるみやすっぱいかりんが吹き飛んでいくのが視界の端に見える。自分が風と一体になったように感じられる一瞬だ。 コースを一周して停車場に戻ってきたとき、乗っていたはずの客がたまにひとり消え失せていたりするのもいい。 「やっぱりあいづは風の又三郎だったな」 と、ファンは思わず感涙である。 この「風の又三郎・ザ・ウインド」ほどのスリルはないけれど、スケールの大きさで上回るアトラクションが、 「銀河鉄道スターツアーズ」 である。あの憧れの銀河鉄道に乗って、夜の宇宙へ‥‥。 実際に鉄道車両が星空を飛ぶわけではなく、まあ東京ディズニーランドの「スター・ツアーズ」のような、キャビンごと客席がガタンゴトンと揺れ動くものであるのだが、しかしこれがまた臨場感たっぷり。まさに「銀河鉄道の夜」の世界なのだ。 軽便鉄道の車内を再現した室内には、小さな黄いろの電燈が並び、壁には鼠いろのワニスが塗ってあり、座席は青い天蚕絨(びろうど)張り。そして車窓の外を流れるのは、億万の蛍烏賊(ほたるいか)の火のように、ばら撒かれた金剛石のように、美しくきらめく星々。青白く光る銀河の岸、銀いろの空のすすき、白い十字架、鳥を捕る人、燈台守‥‥、 「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ」 うーん、たまらぬではないか。 終了後、ふと気が付くと、隣に座っていたはずの客が、これまたたまに消え失せていたりするのも、 「カムパネルラ‥‥」 と、やっぱりファンにとってはゾクゾクである。 (消えてしまった人の隣に乗り合わせたお客さんは、記念に「ジョバンニバッジ」がもらえるよ!) 身体を動かして汗を流したい、という向きにおすすめなのが、 「なめとこ山の熊ブラスター」 次々と現れる熊たちを、撃って撃って撃ちまくるという、シューティングタイプの参加型アトラクションである。 鉄砲を構えてズドンズドンと、ファンならずとも興奮間違いなしではあるが、賢治ファンならやはり「なめとこ山の熊」の小十郎になりきって、終了後に、 「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ」 とつぶやいてみたい。 ただし、油断していると、嵐のように黒くゆらいでやって来た熊に襲われて、 「があんと頭が鳴ってまわりがいちめんまっ青になった」 ということになりかねないので要注意。まさに宮沢賢治ならではの、静かな死の香りが感じられるアトラクションとあって人気である。 そんな危ないのは嫌だ、子どもと一緒にのんびり楽しみたいという家族連れには、 「かにさんのやまなしハント」 がいい。気まぐれに進むやまなしに乗って、幻燈のような青い光の中、小さな谷川をぽかぽかと流れていくというだけのものだが、ちょっぴりひんやりとした、ほのぼのアトラクションだ。 元気なチビッコには、 「空飛ぶよだか」 がおすすめ。実に醜いよだかの、耳まで裂けた大きな口の中に乗って、キシキシキシキシキシッと音を立てながら、大空へ高く高く舞い上がるアトラクション。 手元のボタン操作ひとつで、上昇したり、低空飛行したり、まるで本当に空を飛んでいるみたい。そのうちに、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わからなくなって、すっかり興奮してしまう。もう燃え燃えだ。 そうしたアトラクションは子どもだましでつまらない、ナマの自然と対峙したい、という向きには、不定期で開催されている、 「体験コース 署長さんと一緒に毒もみ」 に参加してはどうだろうか。山椒の皮を臼でよく搗いたり、もみじの木を焼いて木炭にしたりする毒づくりから始めるというなかなかの本格派。うまく毒ができたら、川に行って毒もみをしよう。腹を上にして浮かんでくる鮒や鯉や鯰を眺めながら、署長さんと一緒ににんまりだ。 これに飽き足らないディープなファンには、追加で、 「署長さんと一緒に地獄で毒もみ」 も体験できるというが、その詳細は不明である。 参加型のアトラクションばかりでなく、ショーも楽しい。 「ポラーノの広場」 をはじめ、園内には生演奏やミュージカルなどが楽しめるステージが、あちこちにある。 「ゴーシュのセロ弾きショー」 で、猫やかっこう、狸、野ねずみと一緒になって第六交響曲を聴いていると、なんだか身体が癒されるような気分になる。 ところで、園内の食事について。「どんぐりと山猫軒」「パスタ 黄いろのトマト」「粟餅 盗森庵」をはじめ、いかにも賢治の世界らしいレストランやカフェがあちこちに用意されているのだが、注意しておきたいのは、いずれの店においても肉や魚がメニューにないこと。 もちろん、賢治がベジタリアンであったことにちなんだものであるから、不満を漏らすファンはいないであろうが、一軒だけ、例外がある。 「レストラン 注文の多い料理店」 である。中では、どうやら産地直送の新鮮な肉料理が供されているという話ではあるが、残念ながら、お店から出てきた人が誰もいないので、詳細はよくわからない。 ちなみに、当然のことながら、犬を連れた人や猟銃を持った人は入店できない。 ちょっとお茶でも、という人は、 「喫茶 あめゆじゅ」 に立ち寄るといい。賢治の妹・トシ子とその死をうたった詩「永訣の朝」をイメージしたカフェである。 このお店は、賢治ファンのみならず、一部のオタク青年の間でも話題になっている。なにしろ、着物姿の小柄で色白でかわいい雰囲気のウェイトレスさん(みんな胸には「トシ子」の名札)が、男性客に対して、 「おにいちゃん‥‥」 と呼びかけてくれるのである。萌えー。 よりディープに「永訣の朝」の世界を楽しみたい、というアダルトな男性ファンは、高額の特別料金を払うと、お店の奥でウェイトレスのトシ子さん(みんな同じ名前だが)が着物の胸元をくつろげて、 「ふたわんの雪」 をサービスしてくれるというが、その詳細は何やらよくわからない。 ほかにも、 「イーハトーブ・ミステリーツアー」 「シグナルとシグナレス鉄道」 「蜘蛛となめくじと狸の地獄行きマラソン」 「カルボナード島いかだ」 「狼森と笊森、盗森クルーズ」 「ツェねずみとクンねずみのポリネシアン・パラダイス」 などなど、楽しみは盛りだくさん。すべてを回るには、丸一日かけても足りないくらいだ。 ああ、こうして想像するだけで、思わず溜息。なんと魅惑に富んだアミューズメント施設であろうか。 宮沢賢治記念館なんかさっさと廃して、岩手県花巻市はテーマパークの建設にとりかかるがよかろう。 ちなみに、こうしたテーマパークを実現するためには、行政の積極的な協力は不可欠である。なかんずくこの宮沢賢治ワンダーパークのような場合、上に述べたアトラクションの概要からも予想されるように、 「あの、うちのタカシが、宮沢賢治ワンダーパークに行ったまま、帰ってこないんです」 という事態が頻発して問題にならないとは限らない。それはそれで、死と生のあわいに漂うような賢治宇宙を味わいたいファンにとっては本望であるはずなのだが、ともあれ、そうやって賢治ファンがどれほど失踪しようと、てきとうにうやむやにできるように、市の条例などで何とか対処しておいてほしい。 ‥‥あ、しまった。 今、気づいたんだけど、この宮沢賢治ワンダーパークって、お客さんが入るたびに、賢治ファンが少しずつ消えていっちゃうのね。 いずれ、 「本日、宮沢賢治ワンダーパークにおきまして、日本最後の宮沢賢治ファンが行方不明になりました」 ということになってしまうのではないか。 そうなると当然、テーマパークの経営も行き詰ってしまう。 ダメじゃん、これ。 もうちょっと、ファンが減らない方向で、あらためて作家のテーマパークを構想してみたい。 えーとえーと、そうだ、大人のための、妖しく淫靡な、 「江戸川乱歩パノラマワールド」 なんていうのは、どうかしら。 「アトラクション 屋根裏の散歩者」 では、屋根裏にのぼった客が、天井にあいた穴を通して、下の部屋で着替えをしている女の子をのぞいたりして。 ‥‥。 これなら、単なる「江戸川乱歩文学館」のほうが、いいかも‥‥。 |
(注1)宮沢賢治童話村については、花巻市ホームページの「宮沢賢治のコーナー」を参照してください。それなりに力が入っているようです。 (注)以上の記述からおわかりかとは思いますが、私は別に宮沢賢治の熱心なファンでも、ましてや信奉者でもありません。以上を読んで、「賢治を冒涜する気かーっ!!」と怒り狂うケンジアンのかたがいらっしゃいましたら、えーと、ごめんなさい。 (注)本文中には、宮沢賢治の作品の中でも比較的よく知られたものを引用していますが、よくわかんない、何これ、意味不明、という場合は、「宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス」の「宮沢賢治作品館」コーナーをご覧ください。賢治の童話作品すべてがホームページ上で閲覧できます。 |