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大造じいさんとパンチラ   《シリーズ・新しい国語の教科書






まえがき

 知りあいの盗撮マニアにさそわれて、わたくしはパンチラ盗撮にでかけました。マニアの人びとはみな栗野岳の町の大造じいさんの家にあつまりました。じいさんは、七十二歳だというのに、腰ひとつまがっていない、元気な老盗撮マニアでした。そして盗撮マニアのだれもがそうであるように、なかなか話じょうずの人でした。血管のふくれた、がんじょうな手で、愛機ニコンのボディをみがきながら、それからそれと、ゆかいな盗撮の話をしてくれました。その話のなかに、いまから三十五、六年もまえ、まだ栗野岳の駅前の広場にコギャルがさかんにきたころの、コギャルのパンチラ盗撮の話もありました。わたくしはそのおりの話をもととして、この物語を書いてみました。




 今週も、名残雪(なごりゆき)さんはコギャルの群れをひきいて駅前にやってきました。
 名残雪さんというのは、一人のコギャルにつけられた名まえです。あるときスカートのなかから一瞬だけかいま見えたパンツが純白で、近ごろの黒や赤のパンツ、いや、パンツどころかスカートの下にブルマをはいているようなけしからぬコギャルのなかで、一人だけ、まるで春の山里の名残雪のように、まっ白なパンツだったことから、盗撮マニアたちからそうよばれていました。
 名残雪さんは、この駅前にあつまるコギャルの頭領らしい、なかなかりこうなやつで、なかまがだらしのないかっこうでだべっているまも、ゆだんなく気をくばって、けっして盗撮マニアをよせつけませんでした。
 大造じいさんは、この駅前をフィールドにしていましたが、いつごろからかこの名残雪さんがくるようになってから、一枚のパンチラも撮ることができなくなったので、いまいましく思っていました。
 そこで大造じいさんは、こんどこそはとかねて考えておいた、とくべつな方法にとりかかりました。
 それは、いつもコギャルたちが座りこむあたりいちめんに、とりもちをはりつけておくことでした。なにも考えていないコギャルがとりもちの上にこしを下ろして、「ぎゃー、なにこれー、ねばねばするー」と立ち上がってスカートを持ち上げジタバタしたところを、遠くから望遠レンズで撮影しよう、というこんたんです。じいさんは一晩じゅうかかって、たくさんのとりもちをしかけておきました。
 こんどは、なんだかうまくいきそうな気がしてなりませんでした。
 よく日の午後、じいさんは胸をわくわくさせながら駅前にいきました。
 昨晩とりもちをしかけておいたあたりに、なにかばたばたしているものが見えました。
 しめたぞ!
 じいさんはつぶやきながら、むちゅうでシャッターをきりました。
「ほほう、これはすばらしい!」
 じいさんは、おもわず子どものように声をあげてよろこびました。一人だけであったが、久しぶりにパンチラがうまく撮れました。それは、白地に青のボーダーのパンツでした。
 大造じいさんは、たかがコギャルのことだ、一晩たてばまたわすれてやってくるにちがいない、と考えて、きのうよりも、もっとたくさんのとりもちをしかけておきました。
 そのよく日、きのうと同じころに、大造じいさんはでかけていきました。
 秋の日が美しくかがやいていました。
 しかし、きょうは、
「はてな。」
と、首をかしげざるをえませんでした。
 一人もとりもちにかかっていません。
 いったいどうしたというのでしょう。
 気をつけてみると、コギャルたちは、地面にしかけられたとりもちをじょうずによけて座っています。
 きのうの失敗にこりて、すぐに座りこまないで、まずよく見て、いじょうなしとみとめてから、はじめて座ったものらしいのです。
 これも、あの名残雪さんがなかまを指導してやったにちがいありません。
「うーむ!」
 大造じいさんはおもわず感嘆の声をもらしてしまいました。
 コギャルというのは、人間の中で、あまりりこうなほうではないといわれていますが、どうしてなかなか、あの小さい頭の中に、たいしたちえを持っているものだな、ということを、いまさらのように感じたのでありました。




 そのよく週も名残雪さんは、コギャルの大群をひきいてやってきました。
 今回、大造じいさんが考えたのは、段ボール作戦とでもいうべきものでした。コギャルたちが座りこむあたりの植えこみのかげに、そだいゴミに見せかけた段ボールばこを置きます。大造じいさんは、そのはこのなかにひそんで、目立たないところにあけた穴からパンチラを撮影する、というこうみょうな作戦です。
 そこで、夜のあいだに段ボールを運んできて、なかにもぐりこみました。そして一日中ずっと、学校帰りのコギャルの群れをまっているのでした。
 はこのなかには、じいさんの汗のにおいが、むんむんと立ちこめてきました。
 やがて、段ボールのすきまを通して、駅前の商店街をぬけてやってくるコギャルたちのすがたが、黒くてんてんと見えだしました。
 大造じいさんは会心のえみをもらしました。
 先頭にくるのが、名残雪さんにちがいありません。
 その群れはぐんぐんやってきます。
 しめたぞ!
 もう少しのしんぼうだ。ニコンのカメラをぐっとにぎりしめた大造じいさんは、ほおがびりびりするほどひきしまるのでした。
 ところが、名残雪さんは、ゆだんなく駅前を観察しながら、群れをひきいてやってきました。そして、ふと、いつものたまり場に、きのうまでなかった段ボールばこをみとめました。
「ようすのかわったところに近づかぬがいいわ」
 彼女の本能は、そう感じたらしいのです。ぐっと急角度に方向をかえると、その駅前広場の、ずっと西がわのはしへとむかいました。
 もう少しで、レンズの視界に入ってくる、というところで、またしても名残雪さんのためにしてやられてしまいました。
 大造じいさんは、広場のむこうを、じっと見つめたまま、ううん、とうなってしまいました。




 今週もまた、大造じいさんは、パンチラ盗撮のためのうまい方法を考えていました。
 大造じいさんは、あれこれとしあんしながら、庭の犬小屋のほうにいきました。じいさんが小屋の前にくると、一匹の子犬が、しっぽをばたつかせながら、じいさんに飛びついてきました。
 この子犬は、ひと月ほどまえ、じいさんがひろってきたものです。いまではすっかり、じいさんになついていました。ときどき、運動のために外にだしてやるが、ヒュ、ヒュ、ヒュ、と口笛をふけば、どこへでも、じいさんの指さすところへ走っていくほどになれていました。
 大造じいさんは、子犬のつぶらなまなざしを、じっと見つめながら、
「きょうはひとつ、これを使ってみるかな。」
と、ひとりごとをいいました。
 じいさんは、長年の経験で、コギャルは子犬を見つけると、「なにこれー、チョーかわいー」と、さけびながら、かけよってきてなでまくる、ということを知っていたので、この子犬を手にいれたときから、ひとつ、これをおとりに使って、パンチラを撮ってやろうと考えていたのでした。コギャルの群れのなかに子犬を飛びこませて、コギャルたちがしゃがみこんで一心に子犬をなでているところへ、「おお、よしよし、これこれ」などといいながら近づいていき、カメラをしこんだ犬用バッグをさりげなく地面に下ろして、パンチラを撮影するのです。
「うまくいくぞ。」
 大造じいさんは、青くすんだ空を見あげながら、にっこりとしました。
 さあ、いよいよ戦闘開始だ。
 西の空がまっ赤にもえて、夕方が近づきました。
 名残雪さんは、いつものように、群れの先頭にたって、ごみごみした商店街を、真一文字に横ぎってやってきました。
 やがて駅前に座りこむと、「ガー、ガー」という、やかましい声でしゃべりはじめました。大造じいさんの胸はわくわくしてきました。しばらく目をつぶって、心のおちつくのをまちました。そして、ひえびえするカメラのボディを、ぎゅっとにぎりしめました。
 じいさんは目をひらきました。
「さあ、きょうこそ、あのコギャルどものパンチラを撮りまくってやるぞ。」
 くちびるを二、三回しずかにぬらしました。そして足下の子犬をコギャルたちへとむかわせるために口笛をふこうと、くちびるをとんがらせました。と、そのとき、ものすごいさけび声とともに、コギャルの群れがいちどに、バタバタと立ち上がりました。
「どうしたことだ。」
 じいさんは、あたりを見回してみました。
 コギャルの群れをめがけて、駅の改札あたりから、だれか一直線に走ってきました。
 露出魔だ。
 全裸の上にコートをまとっただけの小太りの男が、そのコートの前を広げながら、とっ進してきたのです。
 コギャルの群れは、名残雪さんにみちびかれて、じつにすばやい動作で、露出魔の目をくらましながら、にげさっていきます。
「あ!」
 一人にげおくれたのがいます。
 二週間前、大造じいさんがしかけたとりもちにかかった、白地に青のボーダーのパンツをはいていたコギャルです。
 とりもちに気づかなかったことからも明らかなように、にぶいむすめだったのです。
 露出魔はその一人を見のがしませんでした。
 彼女の行く手をさえぎって、バーン、とコートの前を全開にしました。
 ぱっ、となにやらきたないものが見えました。コギャルは、ひめいを上げながら、その場にたおれこみそうになりました。
 もうひとおしと、へんたい男が一歩ふみこんだとき、さっ、と黒いかげがその前に立ちはだかりました。
 名残雪さんです。
 大造じいさんは、ぐっとカメラをかまえて名残雪さんのパンチラをねらいました。が、なんと思ったか、またカメラをおろしてしまいました。
 名残雪さんの目には、大造じいさんも露出魔もありませんでした。ただすくわねばならぬなかまのすがたがあるだけでした。
 いきなり、露出魔にぶつかっていきました。そして、日サロでこんがりと焼いたかっ色の足で、力いっぱいあいてをけりつけました。
 ぱっ
 ぱっ
 パンチラが、白い花べんのように、あざやかにひらめきました。
 そのまま、露出魔と名残雪さんはもつれあって、広場の植えこみにたおれこんでいきました。
 大造じいさんは、手にしたカメラをかくすこともわすれて、かけつけました。
 露出魔はじいさんのすがたをみとめると、あわててコートの前をとじ、よろめきながら走りさっていきました。
 名残雪さんは胸を上下させながら、はあはあと息をついていました。しかし、カメラを手にした男が近づいたのを感じると、のこりの力をふりしぼって、ぐっと首を持ち上げました。そして、じいさんを正面からにらみつけました。
 それは、コギャルとはいえ、いかにも頭領らしい、どうどうたる態度のようでありました。
 大造じいさんはつよく心をうたれて、ただのコギャルにたいしているような気がしませんでした。
 じいさんは、名残雪さんに片手をさしだしながら、いいました。
「だいじょうぶかい。けがはないかい。」
 名残雪さんは、とつぜんの親切なことばに、おどろいたようでありました。が、
 バシッ!
 こころよい平手打ちいちばん。一直線に植えこみの外へと飛びだしました。
 らんまんとさいたスモモの花のような、純白のパンツが、はらりと見えました。
「お−い。コギャルの英雄よ。おまえみたいなえらぶつのパンチラを、おれは、ひきょうなやりかたで撮りたかあないぞ。なあおい。来週も、なかまをつれて駅前にやってこいよ。そうしておれたちはまた、どうどうと、たたかおうじゃあないか」
 大造じいさんは、こう大きな声でよびかけました。そして名残雪さんが、駅の改札のなかへと走りさっていくのを、はればれとした顔つきで見まもっていました。
 いつまでも、いつまでも、見まもっていました。





(注1)
「椋鳩十『大造じいさんとガン』は、一般的には、狩人の大造じいさんとガンの頭領残雪の一対一の知恵比べ!これを見習って諸君よ、戦うときは堂々と戦え!といったことがテーマのひとつとされているのだけれど、それは欺瞞ではないのか。知恵比べといっても、頓智合戦ではないのだ。「たたかい」などといって大見得切っているのは大造じいさんサイドだけなのであり、残雪にしてみればいい迷惑である。
それにこれは、きわめてアンフェアな勝負である。大造じいさんが手にしているのは猟銃、対する残雪は丸腰、どころか大造じいさんを攻撃するつもりもない。残雪が勝っても大造じいさんは悔しがって翌年再挑戦すればいいだけなのだが、大造じいさんの勝利はすなわち残雪あるいは仲間たちの無残な死を意味する。
要するに、この本来不均衡である関係をとりあげて、それを一対一の正々堂々たる勝負であるとして称賛するのは、端的に言って誤りなのである。もし仮にこの作品が国語の教材として役立つとすれば、それはひとえに、物語をかたちづくる前提そのものへと踏み込んでいく鋭い批判力を涵養する、というそのためでなくてはならない。
ガンと狩人、などというからだまされるのであるが、試みにこの話を、物語の構造はそのままに、キャラクターの設定だけ置き換えてみるといい。両者の対立は正々堂々たる対決であるなどという文言が、いかに笑止なものであるかがわかるであろう。」
というような、正論っぽい前書きをつけて、内容のお下劣さをなんとかごまかそうと思ったのですが、やめました。単に往生際が悪いだけのように見えるからです。
(注2)
でも、今さら何を言ったところで信じてもらえないでしょうが、別に私、盗撮マニアでもパンチラファンでもありません。
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