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百人一首リストラ計画(2)






「百人一首をリストラする」
そう高らかに宣言してから、早3ヶ月が経つ。
その間、読者のかたがたから、
「あれからいったいどうなったんだよ、エッ」
厳しい催促、叱責をいただいたのも、二度や三度ではない。
「もしかすると、あれか、五十人一首とか何とか、大口叩いておきながら、そんな大それたことができるような度胸はないのか。実行力はないのか。口だけか。竜頭蛇尾か。羊頭狗肉か」
そう勘ぐる向きも、あったのではないかと思う。
だが、それは早合点というものである。あえて言おう。諸君は浅はかであると。
3ヶ月。
諸君には見抜けなかったかもしれぬが、この期間の裏には、私の秘めた、
「深謀遠慮」
が隠されていたのである。いや、「謀」などと、そんな陰湿なものではない。むしろ、温かく、細やかな、
「まごころ」
そう、これがあったのである。

3ヶ月の間、私は待った。待ち続けた。大地のごとく寛大な心と、いわおのような忍耐力をもって、ひたすら待って、待って、待ち続けた。
何をか。
もちろん、百人一首の改心を、である。
私とて何も、鬼畜生ではない。メンバー半数削減の五十人一首など、避けられるものならできれば避けて通りたい。
高度成長期、終身雇用の神話に踊らされた挙げ句、今や見る影もなく落魄した百人一首が、私のこの呼びかけに対し、にわかに目をうち覚まし、心機一転、自ら奮起して巻き直しをはかってくれるのではないか。自ら非を悟り、
「五十人というのは勘弁してもらいたい。われわれのほうで何とかするから、ここは20人解雇の八十人一首あたりで折り合ってもらいたい」
と神妙に申し出てくれるのではないか。そんな微かな望みを、期待を、ひっそり胸に抱いていたのである。

だが。
しかし。
何たることか。
私の期待はものの見事に裏切られた。引き裂かれた。
百人一首は、すでに落ちるところまで落ちていたのだ。腐りきっていたのだ。
私の提案を無視するばかりで、この3ヶ月、何らの改善策をも示そうとしない。いや、そもそも事態の深刻さを理解しているかすら疑問である。百人一首は、もう自分で自分の始末が付けられぬほど、堕落しきっていたのである。
嗚呼。
ついに、手を下すときが来た。
私が改革せずして、誰が百人一首を改革しよう。今こそ改革せずんばあらず。
私の身体は、そんな切実な使命感で満たされている。
もう、誰にも止められぬ。改革を成し遂げるまで、突き進むしかない。秋霜烈日、苛烈にして非情な決断をもって、大鉈を振るうしかないのである。

と、そんなわけであるから、あらかじめ言っておくと、以降、読者のかたの中には、私の処断のあまりの酷烈さに、思わず目を覆う人も出てくるかもしれぬ。
「そんな人だとは、知らなかったわ。もうこんなサイト、二度と来ない!」
そうおっしゃるかたも、出てくるであろう。
だが、それも覚悟のうえだ。百人一首のため、ひいては日本文化のために、我が身を犠牲にしてでも、私は百人一首のリストラを遂行する所存である。そのあたり、読者の皆様も覚悟を決めて、この先を読んでもらいたい。

では、まず誰からリストラすべきか。
最初に槍玉にあがるのは、意欲のない者だ。向上しよう、成長しようという意志を持たない者である。どんなに潜在能力が高かろうと、関係ない。目下の切羽詰まった状況にあっては、組織のために働く気のない者を養っている余裕など、毫末もない。むしろ、そんな輩にいつまでも居座られていては、周囲の士気をも挫きかねない。
となると、真っ先にリストラされるべき存在は、明らかだ。
僧侶である。
喜撰法師、蝉丸から大僧正慈円にいたる13人。彼らはリストラされて当然だ。何しろ、すでに世を捨てた出家の身。もう俗事には関わりません、この世の諸々については関心ありません、やる気ないです、何かやれと言われても困ります。そう公式に宣言してはばかることのない輩なのである。
それにそもそも、彼らは嫌われ者ではないか。
「ぎゃー、坊主出た。くそう。がっくり」
と、坊主めくりにおける悲鳴が証している。坊主が一掃されたところで、惜しむ者はいなかろう。注1 本人たちにも異存はないはずだ。いや、たとえ内心で不満に思っていようとも、僧侶である以上、百人一首の一員などという世俗的な身分に執着しないのが建前のはず。心中で苦虫を噛みつぶしているとしても、
「いやあ、これで俗世ともおさらば。修行と念仏に専修できます。ありがたいありがたい。なむあみだなむあみだ」
と、さわやかに去っていくことだろう。
どこにも角が立つことなく、坊主だけに丸くおさまって、とりあえずは平穏のうちにまず13人リストラ完了である。
バチーン!(馘首の音)
残り87人。

出家した僧侶がリストラされた後、次のターゲットとなるのは、在家の僧侶である。頭は丸めていないが、肩書きに「入道」などとついている者、すなわち、
・法性寺入道前関白太政大臣(わたの原 漕ぎ出でてみれば 久方の 雲井にまがふ 沖つ白波)76注2
・入道前太政大臣(花さそふ あらしの庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり)96
の2名である。これにも異論はなかろう。本人たちにしてみても、今までさまざまな係累やら何やらの都合で出家できなかったのが、これで胸を張って勇退できるのだ。後は山の奥かどこかで念仏でも唱えながら、ひっそりと余生を過ごせばいい。さらばだ。
「え、あの、ちょっと、待ってください。僕たち、別にそんなつもりは、あの、ないんですけど」
え。何だと。
「そりゃ、入道とかいってますけど、でも、百人一首から、はずされたいってわけじゃ‥‥」
ええい。うるさい。聞く耳持たぬ。名は体を表すのだ。800年もの間、「入道」なんて名乗っているんだから、お前たちはもう十分坊主なのだ。
組織の縮小にも貢献し、本人たちの望みもかない、一石二鳥で2人リストラ追加である。
「え、でも、ね、あの、その‥‥」
バチーン! 残り85人。

ところで、やる気がないのは困るが、逆に変にやる気があるというのも困りものである。オイオイ、あんたにやる気を出してもらっちゃ、こちらとしては都合が悪いんだけどなあ、という輩は、案外多いものなのだ。過ぎたるはなお及ばざるが如し、である。
特に困るのが、引退したはずの者。これが厄介だ。引退して形式上は権限も何もないはずなのに、
「年は取ったが、まだまだ頭は現役だ。ギンギンに働いているのだ。いや、身体だって、ホレ、この通り、どうだ、ホレ、ホレ」
などと満々のやる気をもって口出しする。てきとうにあしらえればいいのだが、かつての上司だったりすることもあるわけで、無下にはできない。「ホレ、ホレ」などというたわごとにも、
「おっ、まだまだお盛んですね」
「きゃあ、いやあん」
と、いちいちリアクションをせねばならない。組織の運営上、支障を来すこと甚だしい。しかも、こういう輩に限って、往々にして頑迷固陋。自分の拠って守ってきた道のみが唯一正しいと信じ込み、改革を頑として受け入れない。組織にとって、こんなやつらは百害あって一利なしである。
ということで、百人一首改革にあたっては、以下の者にも速やかに消え去ってもらわねばなるまい。すなわち、
・陽成院(筑波根の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる)30
・三条院(心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな)68
・崇徳院(瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ)77
・後鳥羽院(人も惜し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は)99
・順徳院(百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり)100
の5名である。天皇の位を譲り、権力を次代に委譲した貴様らは、もう不用の存在なのだ。組織の再生のためには、古くなった部位を思い切って切り捨てることも大切である。
「ぐぎゃっ、くそっ、え、おい、われわれがいなくなって、立ち行くと思うのか。亀の甲より年の功。姥捨て山の故事を知らぬのか。えっ、おい、待て、この‥‥」
ええい、黙れ黙れ!
バチーンッ! 残り80人。

さて、以上は各々の身分、いわば百人一首の「人」に焦点を当てての解雇であった。簡潔にして明瞭、誰が見ても納得できるリストラであったといえよう。これですべてが片づけば理想的なのだが、実際のところはまだたった20人。目標には到底及ばない。
したがって、今後は百人一首の「首」、歌の内容に注目しつつ、リストラを進めていきたい。
ここでまず整理されるべきは、余剰人員であろう。周知の通り百人一首には、上の句が5文字目まで同じとか下の句が7文字一緒とか、重複した歌が多い。つまり、無駄なのである。仕事の内容が重なっていれば、当然、有能な者、もしくは組織の再生に有用な者を残して、残りは切り捨てるのが理というものである。
そこで、リストラ対象を4文字重複以上として、個別に検討してみよう。まずは上の句である。
・わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり船【参議篁】11
・わたの原 漕ぎ出でてみれば 久方の 雲井にまがふ 沖つ白波【法性寺入道前関白太政大臣】76
これは問題ない。「漕ぎ出でてみれば」のほうは、在家の坊主ということで先ほどリストラしたばかりである。まあそれに、歌の内容を検分しても、
(沖のほうに漕ぎだしてみたら、あれえ、海と空の区別がつかないや)
などという、海と空の区別もできないような薄らボンヤリ野郎に百人一首の未来を託すわけにはいかぬことは明らかである。

次は、
・朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪【坂上是則】31
・朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木【権中納言定頼】64
そもそも「朝ぼらけ」の「ぼらけ」あたりが、どうも改革の志にふさわしくないような気がするのだが、それはそれとして内容を見ると、前者は冬の早朝の雪景色を、後者は霧の朝の川景色を歌ったものである。当たり障りのないといえば当たり障りのない歌なのだが、しかし、どっちかというと後者のほうが、
「宇治川の上に立ちこめていた霧が晴れてきて、目の前の景色がパーッと開けてきた」
という、停滞した組織がこれから再生し立ち直っていくには似つかわしい雰囲気だ。それにまた、今後の改革の道のりを考えると、前者のような、
「夜明けの光かと思ったら、真っ白な雪だった」
などという凡庸なウッカリ者などより、よほど役に立ちそうである。満場一致で、「有明の月と」は解雇である。
バチーン。残り79人。

5文字の重複にはもう1組ある。
・君がため 春の野に出でて 若菜つむ わがころも手に 雪はふりつつ【光孝天皇】15
・君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな【藤原義孝】50
結果は言うまでもなかろう。前者は上の句ばかりか下の句も、天智天皇の歌と「わがころも手」の6文字が重なっているのである。こんな重複の多い歌を残すわけにはいかぬ。
バチーン。残り78人。

上の句の重複については、4文字重なりの次の歌もある。
・世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる【皇太后宮大夫俊成】83
・世の中は 常にもがもな 渚こぐ 海士の小舟の 綱手かなしも【鎌倉右大臣】93
これも、まあ内容を見てみれば、明らかであろう。前者は、
「世を捨てたくて山の中に来てしまった」
ということで、頭は丸めていないものの、心はすでに世捨て人である。そもそもそんなに世を捨てたいのなら、出家しちゃえばいいのに、それもできない。こんな優柔不断で実行力のない奴は、ダメである。
バチーン。残り77人。
ちなみに、後者、鎌倉右大臣は源実朝。こちらもいまひとつパッとしない、しかも「もがもな」って何よ、「もなもが」とか「もがもが」とか言っちゃうじゃないのよ、というわけわかんない歌で、競合するのが「道こそなけれ」で僥倖だったというべきだ。実朝の歌には、
「大海の 磯もとどろに よする波 われて砕けて 裂けて散るかも」
などといった勇壮で豪気あふれる歌があるわけで、改革ついでにいっそのこと、歌をとりかえてしまってもいいような気もしないではない。(とも思ったのだが、割れて砕けて裂けて散るなどというのでは、いささか縁起が悪すぎるのだが。)

同様にして、下の句の重複をチェックしよう。4文字以上の重なりは、以下の3組がある。
・小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ【貞信公】26
・あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな【和泉式部】56
後者、「あらざらむ(もうすぐ私は死んじゃいます)」なんていう不健康な者は当然ダメである。こんなのを五十人一首に選抜したら、いつ四十九人一首になるかわからない。
・わびぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても あはむとぞ思ふ【元良親王】20
・難波江の あしのかりねの ひとよゆへ 身をつくしてや 恋わたるべき【皇嘉門院別当】88
先の「あらざらむ」が不健康とすれば、こちらの皇嘉門院別当姐さんの歌は不健全である。
「旅先のアバンチュール、たった一夜の関係だったけど、あなたの身体が忘れられないわ。ああん、身体が疼く‥‥」
こんなウッフンな歌が堂々とまかり通っていては、改革に集中できないではないか。企画案の書類を読み込んで検討しようというときに、隣の席で、
「ああん、またあの夜のこと、思い出しちゃった。はあん。すごかったわ‥‥」
などと溜め息をつかれては、仕事が捗るわけがない。ちょっと惜しいような気もするが、気を引き締めて解雇である。
・八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり【惠慶法師】47
・我袖は 汐干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし【二条院讃岐】92
これは最初に僧侶を一斉リストラしたので問題なかろう。内容を検分するまでもなく、二条院讃岐の勝ち残りである。
以上、下の句の重複では2名をリストラ。
バチン、バチーン。残り75人。

それにしても、なんだか長い道のりである。目標の五十人まで、ようやく半分でしかない。この調子では、いつになったら終わるのやら。はあ。溜め息が出てしまう。読者の皆も、いいかげん飽いてきたのではないか。これまで誰も百人一首のリストラに手を付けようとしなかったことが、理解できるような気がする。
ふう‥‥。
‥‥む、いかんいかん。私がこんなところで挫けてはいかん。弱気になってはいかん。
パパーンと頬でもはたいて、気を取り直して、さあリストラリストラ! もう少し手際よく、バッサバッサと馘首していこう。

次のリストラ対象は、覇気のない歌。これはダメだ。無論、やる気やる気ですべてがうまくいくわけではないだろうが、この非常時、全員が心を一にして上を目指してリノベーションに取り組まねばならぬ。そうした気運に水を差すような輩は、早いうちに始末しておきたい。
・奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きくときぞ 秋は悲しき【猿丸太夫】5
(秋は哀しいなあ。鹿の声を聞くと、もっと哀しい。しくしく。)
・みよしのゝ 山の秋風 小夜ふけて 故郷さむく 衣うつなり【参議雅経】94
(吉野の秋は寂しいなあ。寒いなあ。砧を打つ音も身に染みるなあ。あ、涙出てきた。)
・山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人めも草も かれぬと思へば【源宗于朝臣】28
(山の冬は寂しいなあ。誰も遊びにきてくれないしなあ。はあ。)
・月みれば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど【大江千里】23
(月を見てると哀しくなるなあ。みんな哀しいんだろうけどなあ。はあ。やっぱリストラかなあ。)
・花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに【小野小町】9
(何もしないでぼーっとしていたら、いつの間にか老け込んでしまったよ。とほほ。)
・誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松もむかしの 友ならなくに【藤原興風】34
(年取って、知ってる人はもうみんな死んでしまったよ。しょぼん。)
ええい、どいつもこいつも、ウジウジしやがって。読んでいるとこっちまでクサクサしてくる。陰気くさいったらありゃしない。6人まとめてクビだクビだ!
バチバチバチーン。残り69人。

それから、すぐ「死ぬ、死ぬ」などと言い出す輩。これもダメだ。解雇だ。
・あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな【謙徳公】45
(あなたは私のことなんて、忘れてるでしょうね。私はあなたに忘れられたまま、ひとり寂しく死んでいくのよ‥‥)
あー、やだやだ、やだねえ。こういう自意識過剰気味の人は。そんなこと言っても、愛しいあの人はもちろん、誰も同情なんか、してくれないからね。そのまま勝手にひとり寂しく死んでしまえばいいのだ。忘れられた忘れられたと言い張るのであれば、われわれとしても快く、キレイサッパリ忘れ去ってやろうではないか。
バチーン。残り68人。
・忘れじの 行末までは 難ければ 今日をかぎりの 命ともがな【儀同三司母】54
(キミのこといつまでも忘れないよ、というあなたの言葉、とっても嬉しいわ。夢のよう。でもどうせあなた、そんなこと言っておきながら、私のこと忘れちゃうんでしょうね。そうなったら私つらいから、幸せ絶頂の今、今日限りで、死んでしまいたいわ)
はいはい。死にたい死にたいって言うのなら、今日を限りに死んじゃいなさい。それがあなたにとって幸せだし、われわれにとっても都合がいい。そもそも、あんたみたいな、「忘れないよという言葉が信じられないわ」などという人には、新たな明日を信じて突き進む改革なんて、とてもではないが任せられない。
バチーン。残り67人。
今、われわれに必要なのは、アグレッシブな姿勢、明日を信じるポジティブシンキングなのだ。たとえば藤原清輔朝臣の歌などを、見習ってもらいたいものだ。
・ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき【藤原清輔朝臣】84
(長生きすれば、いつかいいこと、あるさ。つらかった昔も、今ではいい思い出さ)
そう。これだ。いつまでもつらいばかりではない。明日を信じて前向きに生きよう。明日がある、明日がある、明日があーるーさー。

さて、次。
・玉の緒よ 絶なば絶えね 長らへば 忍ぶることの よはりもぞする【式子内親王】89
(いっそのこと、死んじゃいたい。秘めた恋がバレちゃう前に、死んじゃいたいの)
いやはや、これもそうだ。どうしてそんなに死にたがるのだ。まあいい。死にたいならさっさと死んでしまいなさい。
この歌、田辺聖子などによると、百人一首の中でも一、二を争う人気の歌というし、また読み人の式子内親王は、「式子ちゃん」などと呼ばれて百人の中でもアイドル扱い。彼女をリストラしてしまっては、熱烈ファンの、
「式子ちゃん親衛隊」
あたりから襲撃を受けぬとも限らぬ、
「月のない夜は、気を付けるがいい」
などという手紙が舞い込むことになるやもしれぬが、しかし何度も言うが今は非常時。リストラは公正かつ峻厳でなくてはならぬ。改革に役立たない人材は、アイドルといえども切り捨てねばならぬのだ。
バチ‥‥、
「ま、ままま、待ってくれっ!」
む、誰だ、邪魔立てするやつは。
「オ、俺だ、定家だ!」
む、貴様。百人一首の撰者にして、「来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」97の詠み人、そして式子内親王の恋人の、藤原定家か。
「待ってくれ。オレの式子を、どうするつもりだ。式子は、オレのものだ。決して、手放しは、しない!」
「定家さんっ」
「式子っ」
フッ。麗しい光景だな。しかし、今は恋だの愛だの、そんなことにかまけている場合ではない。そんなに離れられないのなら、エッ、どうだ、定家、貴様も式子と一緒に、リストラしてやろうか。エッ、どうだね。
「う、うう、そ、それは‥‥」
百人一首の撰者のくせして、脱落かね。愛に身を殉ずるといえば聞こえはいいが、‥‥ふふふ、とんだお笑い草だな。
「う、ぐぐぐ‥‥」
えっ、どうかね、どうなんだね。ああん?
「う、ぐ、ぐ‥‥、す、すまん、式子っ、オレのことは‥‥、オレのことは忘れてくれっ!」
「定家さんっ!」
ひーっひっひ。そうか。やはり、そうか。地位と名誉を選んだか。恋しくて身も焦がれつつ、などと読んでおきながら、その恋人を捨て去るのか。うひひ。ようし、よい子だ。そうでなくては。その心意気が、百人一首の根本からの改革につながるのだ。余分なものはすべて捨て去り、改革のために身を尽くすがよい。ひーっひっひっひ。
まあとりあえず、とにかく、バチーン! 残り66人。
ぐふふ、なんだか調子が出てきたぞう。このまま快調に、どんどんクビにしていこう。

さてさて、次はどいつにしようか。ぐへへ、よし、次のリストラは、優柔不断のうじうじ野郎だ。改革に必要なのは決断力なのだ。
・今はただ おもひ絶なむと ばかりを 人づてならで 言ふよしもがな【左京大夫道雅】63
(もう別れよう、と言いたいのだけど。どうしたらいいかなあ。人を介してではなく、直接言うべきなんだけど、えーと、えーと、どうすれば‥‥。)
・由良のとを 渡る舟人 かぢをたえ 行方も知らぬ 恋の道かな【曾根好忠】46
(梶をなくして漂う小舟のように、私の恋もこの先どうなることやら。もっと激しく好きになるのか、てきとうなところで別れるのか。あーあ、皆目わからない。)
ええい、こんなじれったいことを言っていて、改革が進むと思うのか!
バチバチーン! 残り64人。

実行力がない奴もダメだ。座して待っているばかりの姿勢が、百人一首をここまでダメにしてしまったのだ。待つしか能のない腑抜けどもには、ただちに出ていってもらいたい。
・やすらはで 寝なましものを 小夜更けて 傾くまでの 月を見しかな【赤染衛門】59
(来てくれないのなら、早く寝ちゃえばよかった。ずーっと、ずーっと待っていて、はあ‥‥、月も沈んじゃったわ)
・嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る【右大将道綱母】53
(あたしは、ひとり寂しく寝て、あなたを待ってるの。来るかどうかわからないあなたを待ってるの。その待っている時間が、どんなに長いか、わかる?)
・契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋も去ぬめり【藤原基俊】75
(あなたが迎えに来てくれるのを、ずっと待ってるのだけど。ねえ、どうして来てくれないの? もう今年の秋も終わりよ‥‥)
バチバチーン! 残り61人。

・忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな【右近】38
(あなたに忘れられた私のことなんて、どうでもいいの。でも、あなたのこと、私を忘れないと神に誓ったあなたが、誓いを破ったことで天罰を受けたら、ああ、私、そのほうがつらいわ。)
ああ、もう何ていうお人好し。そんな男は、天罰が下ればいいの。あんたが心配することはないの。いずれにしても、こんな騙されやすいお嬢さんに、百人一首の改革が成し遂げられるわけがない。
バチーン。残り60人。
ようし。あと10人だ。がんばるぞう。ぐひひひ。

・契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは【清原元輔】42
(たとえあの末の松山が水没するようなことがあっても、僕たちの愛は変わらないって、あのとき誓ったじゃないか。え、それなのに、「別れたいわ」だなんて、え、どういうことだよ。うう)
なんだ、この未練がましい歌は。振られたんだからスッパリあきらめな。それともあんた、ストーカーか? こんな気持ちの悪い男は嫌だ。
バチーン。残り59人。

・足びきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねむ【柿本人麻呂】3
考えてみれば、何じゃ、こりゃ。この非生産的な歌は、何なのだ。上の句、「足びきの 山鳥の尾の しだり尾の」、この17文字全部が、下の句の「ながながし」の序詞なのだ。上の句は、ただの装飾なのだ。お飾りなのだ。バブルのご時世ではあるまいし、こんな歌が今どき、やっていけるわけがない。しかも、歌の意味は、
(夜が寂しい。女欲しい)
である。ただそれだけである。いや、上の句を考慮すると、
(あーーーーーー、夜が寂しいよぉーーーー。あーーーーー、女欲しいよぉーーーー)
であろうか。バカである。こんな歌、僧侶よりも何よりも前に、イのいちばんに排除すべきであった。
バチーン。残り58人。
同じように、
・ ありま山 いなの笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする【大弐三位】58
これも上の句全部が「そよ」の序詞である。上の句は飾り。歌の意味も、
(えっ、何ですって、さいきんデートに誘ってくれないのは、あたしが心変わりしたように思えるからですって。キーッ。ひどいわ。失礼しちゃうわ。言うに事欠いて、何よ、その言い訳は。言っておきますけどね、あたしが、あなたのこと、絶対絶対、忘れるわけないわ!)
というようなヒステリックな歌で、うんざりである。あーいやだいやだ。早く消え去ってしまいなさい。
バチーン。残り57人。

・陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに【河原左大臣】14
(こんなに心乱れるのは、誰のせい? それは恋しいあなたのせい。私のせいでは、ありません)
人のせいなんかにするなっつーの。
バチーン。残り56人。

・吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ【文屋康秀】22
(ああ、風で草木がしおれているぞ。だから山に風と書いて「嵐」というんだなあ)
なんじゃ、それは。山と風で嵐って。駄洒落か? こいつただの駄洒落オヤジか?
バチーン。残り55人。

・滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞えけれ【大納言公任】55
(音に聞こえた有名なあの滝はもうないのだけれど、名前だけは流布しているよ)
って、つまり、もう名前しかないってこと? 名ばかりってこと? あ、そう。じゃ、役立たずってことね。
バチーン。残り54人。

・千早ぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは【在原業平朝臣】17
おからをくれないから入水自殺した元花魁のチハヤさん(本名トワ)だなんて、何それ。縁起でもない。
バチーン。残り53人。

よよよ、ようし、あああ、あとはたった3人。ぬふふふう。ついにここまで来たか。はあはあ。ぐへへ。さあて、お次はどれをリストラしてやろうか‥‥。えーと、えーと、そうだ、生き残りのためには、運も大切だ。最後の3首くらいは、運の悪いものを落とすことにしようか。さあて、ど、れ、に、し、よ、う、か、な‥‥。
‥‥。
ハッ。
待てよ、待て。ちょっと待て。ちょっと待ちなさい、私。
冷静になってよく考えてみると、なんだか私、道を誤ったような気がする。いつの間にか所期の目的を、忘れている気がする。
これではまるで、リストラのためのリストラ。単なる数合わせに過ぎないのではないか。
ノルマ、数合わせ、形式だけの決算報告。こうしたことが組織の非効率を招いてきたのではなかったか。こんなリストラをしても、所詮、形ばかりでしかない。真の改革には、結びつかないのではないか。
嗚呼。
我、過てり。

よし。
今からでも、遅くはない。
もう一度、白紙に戻そう。一から、やり直そう。
五十人一首のための正しいリストラ策は、再生への真の道のりは、ほかにきっとあるはずだ。
読者の皆様には申し訳ないが、あらためて、もう少し時間をいただけまいか。百人一首をよみがえらせる真の改革案を、必ず探り当ててみせる。
それでは、さらばだ。トゥービーコンティニュード。次回へ続く。


追伸。藤原定家へ。式子ちゃんとヨリを戻しておいたほうがいいぞ。





注1
それにしても、坊主が13人しかいないというのは、いささか意想外である。これまでの坊主めくり経験から勘案して、もっといっぱいいると思ったんだけどなあ。
注2
以下、数字は百人一首の通し番号を表す。

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