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心中百合露






はっきりしたことは分からぬそうであるが、『ロミオとジュリエット』の初演は1590年代のことだという。
日本でいえば、まだ関ヶ原以前。豊臣秀吉が生きていた時代だ。加藤清正あたりが、
「拙者、朝鮮で虎と戦ってきたでござる。ガハハ」
などと息巻いていた頃である。
そんな時代にすでに英国では、
「おお、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」
と切ない恋を語っていたなんて、やっぱり向こうはマセていたというか、進んでいたんだなあ。世界の歴史を人の成長にたとえると、日本がまだ中学生男子だった頃に、英国はすでに女子高生あたりになっていたわけなのか。などと忸怩たる思いを抱いていたのが、これまでの日本人だったわけである。

が、しかしまあよく考えてみればそれは明らかに間違いなのであって、実のところ、当時ジュリエットが、
「おお、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」
なんて言っていたはずがない。
なにしろ、その頃は英語だって日本語と同様、古語の時代なのである。古めかしい言葉を使っていたのだ。
この台詞の原文にせよ、
「O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?」
などと、さっぱり意味が分からぬではないか。you, your, youのかわりに、thou, thy, theeを使っていた時代なのだ。
そんな歴史的文脈を加味して正しく翻訳すれば、この台詞は、
「おゝ、ロミオ、ロミオ、ぬしはなにゆへロミオなるや」
とか何とか、そういうことになるに違いない。

つまりこの物語は、よく言われるような乙女の夢見るロマンチックな少女マンガ的恋物語などでは毛頭なく、むしろ長唄か義太夫節の唸りがよく似合う日本伝統芸能的雰囲気に満ちているわけである。
そもそもこの『ロミオとジュリエット』、物語の筋からして、お家同士の反目の挙げ句に、義理と人情の板挟みとなった若君と姫さまが駆け落ち心中(まあ意図したものではないにせよ、結果として心中)してしまうというのである。これはもう、そのまんま歌舞伎あるいは人形浄瑠璃、近松門左衛門も真っ青なコテコテの心中物ではないか。もし仮に鎖国がなかりせば、あるいは出島に居留を許されたのがオランダではなくイギリスでさえあったならば、シェイクスピアは必ずや日本に輸入され、上方の町人や江戸っ子たちを熱狂させていたに相違ない。
そう考えると返す返すも残念ではあるが、今さら歴史を枉げることはできぬ以上、しかたがないことである。とはいえ、勝手に想像することは容易いので、この場でひとつ、歴史のifを追ってみるのはどうか、というのが今回の趣旨。
そんなわけで、以下、江戸時代版『ロミオとジュリエット』の姿をシミュレートしてみたい。

まずは設定を確認しておくと、時代は室町時代あたりにしておけば無難であろう(お家騒動絡みのテーマであることだし、同時代の設定では公儀に咎められる恐れがある)。
場所は駿河か遠江のあたりにしておこうか。ヴェローナならぬ辺楼氏が治めている国である。ただし、実権はすでに辺楼氏にはない。代々家老など重職を独占してきたモンタギューならぬ森滝家、キャピレットならぬ川平(かびら)家が牛耳っている。当然、森滝と川平は互いにいがみ合っているわけである。
その森滝家の後継ぎ、露巳之助と、川平家の一人娘、百合江が、この物語の主人公だ。
さて、となるとタイトルも考え直さねばなるまい。
直訳しただけの、
「露巳之助と百合江」
では、あまりに芸がない。語呂も悪い。どうせだから、歌舞伎や人形浄瑠璃など、当時の舞台演目にふさわしいように、
「心中百合露(しんじゅうゆりのつゆ)」
などとしてはどうだろうか。うむ、なんとなく『心中天網島』にも張り合えるような気がしてきた。

では、そろそろ物語を始めよう。
舞台が始まって早々の第1幕、川平家が催した歌会だか茶会だか何だかで、二人は運命の邂逅を果たす。
しかしいきなりケチをつけるわけではないが、世界に名だたる悲恋物語のわりに、正直言ってその出会いの場面には、いささか承服できぬものがある。というのも、露巳之助ときたら、本当はそれまで別の娘に執心で、仇敵たる川平の家にのこのことやって来たのも、その娘が目当てだったというのだ。なんだか色気づいた男子高校生みたいでみっともない。そのうえ、百合江の美貌を目にした途端、あっという間に鞍替えしてしまうというのだから他愛もないではないか。そのあたりのことをよく考えてみると、猿に似た面貌を持つ秀吉の人間的魅力と度量の深さに参っていた日本人のほうが、たとえ中学生男子といえどよほどましだったような気がしないでもないが、まあそれはそれとして、男女七歳にして席を同じくせざる時代にあって、この二人は初めて声を交わすやいなや、わずか30秒後(推定)に接吻を交わし、
百「アコレ是は何しやる。わたしの唇はおまへの罪の唇で、けがれてしまつたことよなあ」
露「わたしの罪の唇とは。おゝ、ありがたや喜ばしや。かゝる咎めを受けやうとは。しからばその罪、わがもとへお返しくだされ」(ト露巳之助、再び接吻)
百「アレサどうともかうとも、天晴れな接吻」
などといって恍惚となってしまうのだ。森滝・川平両家の親ならずとも、彼らのあまりの性急ぶりには顔を覆いたくなるのだが、話はその晩、さらにエスカレートしていく。

歌会だか茶会だかの宴が果てた後、
唄「はや日も暮れて人顔も、誰そやと知れぬ宵闇や」
という暗闇の中、露巳之助は川平の屋敷の庭へともぐりこんで、あの有名なシーンへと至るわけである。
百合江は縁側に出て、月を見上げながら嘆息しつつ、
百「えゝ、露巳さま、露巳之助さま。おまへは何ゆへ露巳之助さまぢやわいなう。あの森滝の血筋とは、縁もゆかりもありやせんと、ひとこと言うてくださんせ。もしそれがお嫌なら、おまへだけを好いてをると、そうおつしやつてくださんせ。さすればわたしは、川平の家を捨てませう」
それを耳にした露巳之助、大喜びの有頂天、思わず端近に駆け寄って、
露「おつしやる通りにしませうぞ。わたしをば、ただ恋しきおまへと、お呼びくだされ」
百「誰ぞ、かうして闇にまぎれ、わが内証言をば聞いたのは」
露「わたしが誰か、名は何か、申すわけにはござりませぬ。おまへはわが名を仇だと申す。さすればそれは、わたしにとつても憎き憎き名」(ト思ひ入れ)
百「あゝ、その声、その囁き。まさしくおまへは露巳之助さま、森滝家のお方」
露「アイヤ美しきおまへに申しませう、露巳之助とも森滝とも、どちらも嫌なら、どちらでもない、と」
などと、ああもうじれったい、名前なんてどうでもいいではないか、というやりとりがしばらく続くわけである。たとえばネチネチしたカップルなどが、
「ねえ、マサヒロさん、お願いがあるの」
「何? メグミちゃん」
「あたしのことね、これから、メグ、って呼んで」
「えっ、あ、そ、そりゃ、別に、いいけど。じゃあさ、オレのことも、‥‥まあくん、って呼んでよ」
「えーっ、なんか、恥ずかしい」
「‥‥メグ」
「‥‥まあくん」
などと照れ合ったりして、まあ読者のかたがたも身に覚えがあったりするやも知れぬが、名前だの呼び名だの、当人たちにとっては重大だとしても、他人にとってはこれほどどうでもいい話題はない。そのうえこれだけさんざん言い合ったというのに、結局はお互い「ろみっち」「ゆり」などとニックネームで呼び合うこともないまま終わるのであるから、まったくどうにかしてもらいたい。

まあそれはともかく、このほかにも「恋の翼を借り申し」やら「迂闊にも激しい女心を口にせし」やら、思いっ切り恥ずかしい言葉を並べ立てた末、翌日の再会を誓って二人は別れる。
で、その翌日に何をするかと思いきや、いきなり、
「結婚」
である。なんとまあ。
このあまりのジェットコースタードラマぶりには、またもや森滝・川平両家の親ならずとも正直言って頭をかかえたくなるが、しかしこの頃には観客はすでに物語の世界に酔いしれているのでそれが変だとも思わない。あれよあれよと思う間もなく、露巳之助が懇意にしている僧・蓮寿上人の草庵で、二人は祝言を挙げるのだ。
露「伽羅白檀すらかくもあらざる、この香しきおまへの息。今日この時のこの喜悦、おまへの声で申しておくれ」
百「持ちたるものを数えらるゝは、貧乏人でありませう。わが胸に満つるこの喜び、いやが上にも大きくなり。はや半分も、数えられるゝものでは、ござんせん」
と、二人は感極まって、草庵の庭先だというのに、もうどうにかなってしまいそうな風情。百戦錬磨の蓮寿上人もさすがに、見てはおられぬと、
蓮「ソリヤ失礼をばつかまつるが、ぬしども二人ばかりにしては、何がおつぱじまるかわからぬ、サアサ入つた入つた」
と、しわぶきひとつ、彼らを草庵に導き入れ、無事に三三九度の固めの杯が交わされた模様である。

そのまま血気盛んな若さのままに、駆け落ちがてらの新婚旅行にでも出ればいいものを、何を血迷ったか、
百「では今夜、わたしのしとねで、ぬしのお出でを待ちまする」
などと、逢引きの約束をして別れてしまう。さんざっぱら気を引いておいて、ここでおあずけとは、百合江も罪作りな女である。
おかげで露巳之助、来る晩のことを思っては身悶えし興奮し、アドレナリン分泌しまくり状態になってしまったため、自らたいへんなことを招くことになる。町角で勃発した森滝・川平両家の小競り合いに首を突っ込むと、騒ぎを余計に大きくしてしまうのだ。そのせいで親友である真木之進が、百合江の従兄にあたる千春ノ介の刃にかかるのだが、それを見た露巳之助、思わず前後を忘れ、
露「百合江さまに免じて、下手に出やうと思いはしたが、アヽモウ堪忍ならぬ。アイヤ待て千春ノ介。真木之進の魂魄が、いまだわれらの頭上をさまよひ、おまへを冥土の道連れにせむと、待つは磯松、末の松山」
千「何をわけのわからぬことを。おまへこそ彼奴めと、仲良く冥土へ行くがよい。サアこの剣で」
露「決着を」
千「つけてくれやう」
露「サア」
千「サア」
と立ち回りの末、千春ノ介を殺めてしまうのだ。

いくら家老の後継ぎとはいえ、白昼のご城下でかかる蛮行、咎めがあらざるわけがない。なんとか切腹は免れたとはいえ、所払いを命ぜられた露巳之助。罪が許されるその日まで、もうこの国に戻ってくることはできぬ。
絶望した彼であるが、まあそれはそれとしてお楽しみは忘れない。しばしの別れの挨拶かたがた、その晩、百合江の部屋へと忍んでいく。
それにしても、はじめて出会ったその次の日にこんなことになってしまうとは、なんというか、いかんのではないか、と思わないでもない。そういえば一説によると百合江の年齢は14歳とかいう話ではないか。露巳之助も似たり寄ったりの年とはいえ、じゅじゅじゅ14歳は、そりゃちょっと、ダメでしょ、「恋の女神が許すとも、お天道さまは許しやせぬ」と思わないでもない。
が、まあしかし、
「このまえ、渋谷でナンパされてえ、そのままホテルでえ」
などという話がよくあることを思えば、とりあえずその前に結婚式を挙げただけもマシなような気もするので、あまり深くは追及しないことにして、さて翌日の朝である。ここもまた有名なシーンだ。映画だと予想以上にグラマーなオリビア・ハッセーの裸にドキドキしてしまったりする場面だが、歌舞伎ではそういうことにならないから安心である。
百「あゝモウ行くと申されますか。まだ夜も明けておりませぬに。今鳴きましたは夜鳴き鳥。明けの烏ぢやござんせん」
露「イヤあれは確かに烏のカア。わたしとて叶うものなれば、三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたいが、ご覧ぜよ、あの東雲(しののめ)の光。夜の灯し火燃え尽きて、白く無情な暁の光、霧かかりたる山の端に、足爪立てて立つてをる。さらば百合江さま」
百「露巳之助さま」
露「思へば果敢ない」
二人「身の上ぢやあなあ」

さて、ここまでで十分ジェットコースターなこのドラマであるが、この後さらに事態は急転直下する。一難去ってまた一難、愛しい良人を見送った百合江は、すぐさま母親から、自らの縁談が進んでいることを知らされるのだ。川平家の当主は、隣国の実力者である梁須氏と娘を娶(めあわ)せ、自らの影響力を高めようと目論んでいたのである。
そして、ああなんたること、その祝言の日というのは、はや明後日と決められているのだった。いやはや、娘もせっかちだが親もせっかちだ。どうやら川平の血筋らしい。百合江はこのとき、自分の身体に流れる川平の血をどれほど痛切に感じたことか。
さて、進退窮まった百合江、あわてて僧・蓮寿のもとへと駆けつける。いつの時でも頼りになるのは坊主くらいなものだ。もちろん彼は名案を出してくれる。
蓮「是に持ちたる一薬を、試し見るにはちやうどよい」
とばかりに、おもむろに取り出したのは、飲むと42時間のあいだ仮死状態になるという秘薬である。仮にも人々の魂を教え導く立場にある仏僧が、そんな妖しげな薬を所持していていいものか、これまで調伏などと称して商家の後家さんなどを相手にその薬を使ったりしていたのではないか、という疑惑が忽爾として浮かび上がってこないでもないが、話は急を要するので、ここではあえて不問に付すとしよう。
さて、蓮寿上人の提案とは、こうである。仮死となった百合江が墓地に埋葬された後、露巳之助が掘りだして、後は手に手をとって逐電、山のあなたの遠き国で、末永く幸せに暮らしませう、万万歳、チャンチャンチャン、幕、以上である。一も二もなく賛成した百合江は、明日が梁須氏との婚礼という晩、
百「あゝ露巳之助さま、これもぬしのため。わたしは薬を飲みませう」
と、一息に秘薬をあおることになる。

ああ、しかし、ここからが真の悲劇。やはり恋の女神は許すともお天道さまは許さなかったらしい。
百合江の偽りの死というこの計画を伝えるはずの使いが、露巳之助のもとへと辿り着けなかったのだ。おかげでその死を本物と思い込んだ彼は、ともに黄泉路に旅立とうと、毒薬を入手して彼女の墓へと駆けつける。それにしてもまあ、百合江もせっかちだか露巳之助もそれに優るとも劣らない。どうして一歩踏みとどまって、事実関係を確認しないのか。せっかち同士、お似合いカップルといえなくもないが、ともあれそうして百合江の眠るような死に顔(死んではいないのだが)を目の当たりにした露巳之助。
露「アヽわが眼よ、最後に百合江をしかと見よ。わが腕よ、最後に百合江をしかと抱け。百合に降りたる朝露のやうに、われはいざ、おまへの上へと身を横たえむ」(ト毒をあおる)
百合江が目を覚ましたのは、その直後のことである。何が起こったのかを悟った彼女は、
百「ヲヽ露巳さま、ぬしが自害をなさるとは。かうとなつては詮方なき、露のひぬ間の消えぬ間に、百合の花びらしほたれむと、わたしも冥土へお供しませう。サヽその唇に残りたる、甘露のごとき毒薬で、わたしを死なせてくんなまし」
と接吻するが、無論それでは死ねぬ、それではと露巳之助の帯たる脇差をとりあげ、
百「おまへの鞘は是なるや」(ト胸を刺す)
百「サアサ、是で錆びつき、わたしを死なせてくんなまし」(ト露巳之助の骸の上に倒れる)

こうして悲劇は幕を閉じる。
ようやく自らの非を悟った森滝・川平の両家の親たちは、二人の骸を前にして和解するが、すでに時は遅し。
森「思へば二人は」
川「親どもの」
森「いがみ合いたる」
川「牲(にえ)ぢやつた、あゝ」
二人「不憫なことぢやあなあ」
  (ト思ひ入れよろしく、鳴り物なしにて)
ひやうし幕          





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