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闇の一寸法師
【一寸法師】






仮にあなたが男であるとして、つきあっている彼女がいるとして、その彼女が身長145cmくらいの小柄で可愛い感じの女の子だったとしよう。
そして、そんなあなたが今、何でも望みが叶うという打ち出の小槌を手に入れたとしよう。あなたはその打ち出の小槌を使って願うだろうか。
「彼女が大きくなりますように」
と。
「大きくなって身長170cmくらいのボインキュッバーンのグラビア美女みたいなグラマラスな女になりますように」
と。

あるいは、あなたが犬を飼っているとしよう。ちっちゃくてキャンキャン鳴いて瞳がクリクリのチワワであるとしよう。
そして、そのあなたが今、打ち出の小槌を手に入れたとしよう。あなたは望むだろうか。
「この子が大きくなりますように」
と。
「大きくなって、乗っても大丈夫なくらいのセントバーナードになりますように」
と。

望むわけがなかろう。大きくなればいい、というものではない。
それが可能であるからというだけの理由で、小さくて可愛らしいものをむやみに大きくしてしまったりは、普通しないものだ。もしそんなことがあるとしたら、きわめて不自然かつ尋常ならざる行為であるといわねばなるまい。
だがここに、その不自然かつ尋常ならざる行為をしてしまった者がいる。
そう。
昔話「一寸法師」の姫君である。
遁走した鬼が落としていった打ち出の小槌を拾い上げた彼女は、一寸法師の求めるがまま、彼を巨大化させてしまったのである。

おかしい。不可解ではないか。
繰り返すが、小さいものは小さいがゆえの魅力を持っているのだ。
一寸法師が一寸でなかったら、可愛くも何ともないではないか。
姫君は一寸法師を、その小ささゆえに愛で、愛おしみ、慈しんできたのではなかったか。
大きくなってしまったら、
「や〜ん、ちっちゃあいっ。母性本能が刺激されちゃうっ」
とゾクゾクすることも、
「ほら、一寸ちゃん、あたらちいおべべをつくってあげまちたよ〜、さあ着替えて着替えて、やん、ほら、恥ずかちくないでちゅよー、脱いじゃいなちゃーい、くふふ」
と裸にひん剥くことも、
「はーい、一寸ちゃんにはお椀のお風呂をわかちてあげまちたよー。さあ入って入って、お姉さんが見ててあげまちゅよー、ぷふふ」
といいように弄ぶことも、できなくなってしまうのだ。まったく、つまらないこと甚だしい。

可愛くないだけではない。
そもそも一寸法師が鬼をして敗走させ得たのも、身の丈一寸の一口サイズというその比類のない小ささあってこそ、はじめてなしえたことではなかったか。
一般の人間の背丈であれば、怪力凶暴たる鬼に太刀打ちすべくもなかったであろう。また仮に身の丈がもう少し大きくて三寸くらいであったとしたら、一口で飲み込むには大きすぎるため、食べやすいように口中で食いちぎられ咀嚼され、無惨な肉塊となって胃の中へと嚥下されていったに違いない。
一寸だったからこそ、鬼と互角に渡り合えたのだ。大きくなってしまったら、再び鬼の来襲に遭遇した場合、どうあっても姫君を守りきれそうにない。

つまり、一寸法師が一寸でなくなったら、もはやそれは、何の魅力も何の力もない、ただの田舎出の男でしかないのだ。
それがわからなかった姫君ではあるまい。
なのに。
それなのに、である。
彼女は一寸法師を大きくしてしまうのだ。打ち出の小槌を振るってしまうのだ。
解せぬではないか。

そうなると、考えられることは、ただひとつ。すなわち、
「あれは、姫君の自由意志ではなかったのだ」
と、こういうことではなかったのか。
つまり、
「一寸法師に強要されたのだ」
と。
「一寸法師の強要を拒めなかったのだ」
と。
さらにいえば、
「一寸法師に脅迫されていたのだ」
と。
ちっちゃくてプリティな姿を持った一寸法師、実はとんでもなく悪いやつだったのかもしれぬ。
「♪小さな体に大きな望み」
などと歌われているが、その望みとは、巨大でどす黒い野望だったのではあるまいか。

たぶん一寸法師は、何か姫君の弱みを握っていたのであろう。
小さくてどこにでも潜り込めるのをいいことに、一寸法師は彼女のパンチラ写真をはじめ、恥ずかしい写真やら何やらをごっそり撮っていたに違いない。
姫君としては、相手は所詮身の丈一寸、指先でひねりつぶそうとすれば造作もないが、
「万が一、オレの身に何か起こったら、あの写真を宮中にばらまくように知り合いに託してるからな」
などと脅されているから、いかんともしがたい。悔し涙を流しながら、小槌を振ったに違いないのだ。

昔の人は、この一寸法師の真実の姿をうすうす感じ取っていたようだ。
お伽草子などには、
「長者の娘が寝ている間に米を娘の口に塗りつけ、翌朝、大切な米が盗まれたといって騒ぐ。娘が盗んだと思いこんだ長者は怒り、娘を一寸法師に与えて家を追い出す」
という異伝も見える。
現在流布している正統バージョンも、もしかしたら、
「一寸法師は、恥ずかしい写真をちらつかせながら、姫君を脅迫しました」
などというオハナシであったのかもしれぬが、いかんせん勝てば官軍、大きくなって権力を握った一寸法師によって、改変されてしまったのであろう。

さて、こうした真実が明らかになった以上、われわれはもはや「一寸法師」の昔話を過去の遺物として侮っていてはならないのではないか。
何しろ、一寸法師は滅びた、などということは、どこにも書かれていないのだ。
もしかしたら、かの一寸法師の子孫が、今でも都会の暗がりで、こっそりとチャンスをうかがっているかもしれないのだ。
たぐいまれなる可愛さと小ささを武器に、無垢なふりをして秘密を探り私生活を暴き、隙あらば成り上がろうと、虎視眈々と誰かをつけ狙っているかもしれない。
日常生活と隣り合わせの、わずか一寸の闇の中に身を潜めているのかもしれない。

ほら‥‥、あなたの足元にも‥‥。




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