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行列のできるラブホテル
2002/09/02










「ラブホテル」「行列」「ミント」
などというと、なにやら三題噺のネタのようであるが、これは単に事実をそのまま羅列しただけなのであって、何となれば、池袋にある「ミント」という名のラブホテルは、
「行列のできるラブホテル」
なのである。
というと、
「またまたー、そんなこと言っちゃって」
「大げさな」
「だまされないわよ」
といった声が聞こえてきそうだが、いや、これはもう、天が下、天地神明に誓って本当の本当に本当なのだ、というほどに事実をあるがままにありのままに述べた客観的なる言明なのであって、それでも疑うというのなら、実際行って自分の目で確かめてみるといい。南池袋公園の北側、道路を挟んですぐ脇にある小さなラブホテルである。

実は私も、自分の目で確かめるまでは、
「またまたー、そんなこと言っちゃって」
「大げさな」
「だまされないわよ」
と思っていたので、実際その現場を目撃したときには、かなり驚いた。びっくりした。
なにしろ、
「ラブホテル」
なのである。なのに、それなのに、
「行列」
なのである。若い男と女が互いに対になって5、6組、列をなして仲良く並んでいるのである。にわかに信じられる光景ではない。(注)
もしかしたら、
「ラブホテルのようなラーメン屋さんだった」
ということもありうるのではないか、と思い、道路の向かい側から列の前の方をこそこそとうかがってみたりもしたのだが、そういうわけではないらしい。美味しそうな匂いが漂ってこない。
あるいは、
「ラブホテルのような回転寿司だった」
ということもありうるのではないかと思ったのだが、そういうわけでもなさそうだ。扉の向こうでは何も回転していない。
ひょっとすると、
「ラブホテルの前がバス停だった」
ということがあるかもしれない、とも思ったのだが、そういうわけでもないようだ。どう見ても、列の先頭は建物の中へと続いている。
やはり、どこから見ても、どう考えても、これは、
「行列のできるラブホテル」
以外の何ものでもないのである。

しかしなあ。
事実としては、これはどうあっても認めざるをえないのであるが、心情的には、どうにも承服しかねるものがある。
果たして、こんなことをしてしまって、いいのか。許されるのか。
当たり前のことであるが、ラブホテルに並んでいるということは、これはもう、ラブホテルに入るために並んでいるのである。ラブホテルに入る、ということは、これはもう、ほかならぬ、えーと、その、あの、ごにょごにょ、のためである。
間違っても、
「一緒に徹夜して宿題を片づけるため」
「組体操の練習をするため」
「人生ゲームをするため」
などでないことは明らかだ。そういう目的のために、あからさまに並んでしまうというのはなあ。
「見てくださーい。ぼくたち、これから、エッチするんでーす」
「列の進み具合から判断して、約45分後には、一緒にシャワー浴びてまーす」
まあそうやって天下に愧じるところがないのはよいことなのかもしれないが、それにしてもなあ。

さらに、である。
これがたとえば人気の回転寿司に並んでいるのだったら、
「えーと、オレははじめに光り物だな。アジにイワシ、そこから白身ね、鯛。でもってそれから‥‥」
「えーっ、あたしはぁ、座ったら、いきなり、ドーンと、トロ!ウニ!アワビ!」
と、はしゃぎながらシミュレーションして楽しむのもいいだろうが、ラブホテルとなると、どうか。
「えーと、まずはゆっくりと上着を脱がせつつ、足を絡めおもむろに首筋に舌を這わせて‥‥」
「えーっ、あたしはぁ、ドア閉めたら、いきなり、ドーンと、その場で、服着たまま!」
などといういかがわしい会話が、路上で、誰はばかることなく、延々と繰り広げられるわけである。
わーっ、いかんいかーん。
そうやっておしゃべりをしているうちに、ふとしたことから前に並んでいる他のカップルとも言葉をかわすようになり、次第に会話が弾み、ついには意気投合して、
「じゃ、せっかくだから、4人一緒に‥‥」
って、わーっ、いかんいかんいかーん!
と、風俗倫理に反するさまざまな状況が出来(しゅったい)することになるのではないか。

あるいはそこまでいかなくとも、いろいろ不都合な事態は避けられないはずである
なにしろ、行列しているのだ。大都会の真ん中、天下の公道で、堂々と、並んでいるのである。
目の高さのあたりに磨りガラスの目隠しが設置されているわけでもない。文目(あやめ)も分からぬ漆黒の闇の中というわけでもない。街灯やネオンの明かりの下、素顔をさらしてしまっているのである。
そんなことをしてしまって、いいのか。
もしかしたら、営業の芝浜くんと一緒に並んでいるところを、同じ課内の鰍沢さんなどに見られてしまうかもしれないではないか。そうなったら翌日の昼休みには、社内津々浦々に、二人の仲が知れ渡っていることは必定。これまで2年半の間、誰にも悟られることなく秘し隠してきた社内恋愛が、こんな形で暴露されてしまっていいのか。
いや、それくらいなら、まだいい。
たとえば、受け持ちのクラスである2年D組の太田トウ子と一緒に並んでいるところを、同僚の百川先生あたりに目撃されてしまったら、目も当てられない。
「やー、富久先生も隅に置けないなあ。んーもう、水くさいんだからあ。これから二人でしっぽり、ですか。ぐふふ。隠さないでそっちの彼女、紹介してくださいよう。ん、あれ、どっかでお会いしたことないですか。えっ、んっ、ちょっとキミ、顔見せなさい、ちょ、ちょちょ、ちょっと、えっ、えっ、えーっ!?」
ということになれば、よくて懲戒免職、悪ければ新聞沙汰になりかねない。

まあそんなことにはならぬとしても、たとえば恋人の花筏さんと一緒のところを、甥っ子で小学3年生の洛太郎くんなどに見つかってしまって、
「ねーねー、チハヤおばちゃん、何してるの?」
などとキラキラした瞳で尋ねられてしまったら、どう答えたらいいのか。相手が幼稚園児くらいなら、
「こちらのおじさんはお医者さんなの。でもって、おばちゃんはこれから、お注射してもらうの。いたいいたいでちゅねえ」
などとてきとうに誤魔化すこともできようが、3年生の洛太郎くんではなあ。
もしかしたら、すべてを見越したうえでの、子どもならではの狡猾な質問かもしれなくて、これは暗に、
「うちのママに黙っててほしかったら、お年玉、たんまりくれよな」
というメッセージかもしれぬ。かといって、
「お小遣いあげるから、ね、ね、ママには内緒よ」
などとこちらから持ち出したりしては、もしかしてホントに何も知らなかった場合に、
「えっ、どうしてどうして? どうして内緒なの?」
などという薮蛇にもなりうるわけで、ああ困った。

と、ラブホテルに行列すると、ことほどさようにさまざまな苦難が次から次へと巻き起こってくるのである。
にもかかわらず、その困難をもものともせず人々は並び続けているわけで、このラブホテル「ミント」には、余程尋常ならざる魅力があるに相違ない。
ということで、よく考えてみたら、ここに至るまで、そもそも根源的な疑問であるところの、
「このホテルに人々が行列するのはなぜか」
という点を追求するのを忘れていた。そうだ。いったいどうなっているのだ。ラブホテル「ミント」には、人々をして行列へと駆り立てる何を備えているというのか。
冷静に分析してみると、理由としては次のようなことが考えられる。

[1] 料金は一般的だが、尋常ならざる素晴らしい施設・サービスが付帯している。
(例a)各部屋に1人常駐しているインストラクターのお姉さん(もしくはお兄さん)が、各種の技法を懇切丁寧に実技指導してくれる。
(例b)うちのお母さんに言い訳電話してくれるサービスがある。友達のうちに泊まったことにして、
「お宅のお嬢様ったら、まあ、本当に、行儀正しくていらっしゃって‥‥。奥様、だいじょうぶですわよ、明日の朝まで、お預かりいたしますわよ」
などと電話で挨拶してくれる。
(例c)行列のできるラーメン屋さんが併設されている。
[2] 施設・サービスは一般的だが、料金が尋常ならざる格安の値段である。
(例)休憩680円、1泊980円くらい。
[3] [1]なおかつ[2]である。
(例)インストラクターのお姉さん付きで1480円くらい。
[4] 怪しげな催眠術、もしくは人体改造によって、1度利用したら最後、すぐまた、何が何やらよくわからぬうちに、行列してでも利用したくなるようにさせられてしまう。

いかがであろうか。
果たして真実はいずれであるのか、読者の皆様のレポートを待つことにしたい。
ただし、しばらく待ってもレポートがあがってこなかった場合、あるいは寄せられたレポートが、
「泊まってみたけど、なんだかよくわかんないです。ふつうみたい。他と同じ。でもなぜかまた泊まりたくなっちゃうんだよね」
といった内容であった場合は、上記のうちの[4]である、と判断することにしたい。





(注)読者のかたの中に、「へっ、ラブホに並ぶなんて当たり前じゃん? あたしは並ばないときなんて、ないよ」という人もあろうが、そういう人にはこのコラムはおもしろくも何ともないので、無視してください。
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