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おっぱい好きのキミに
(あるいは大相撲の古い体質に
批判的なあなたに)
『虹いくたび』
川端康成
新潮文庫、\400

『ウォーターメソッドマン』(上・下)
ジョン・アーヴィング
新潮文庫、各\520






土俵の上は、
「女人禁制」
ということになっている。
やせた女性はもちろん、力士にふさわしい巨大な女性も、オバチャンもピチピチギャルも、子どもも年寄りも、女である限りは土俵の上に立ってはならぬ、という。
最近では大阪の太田府知事が、古くは森山真弓官房長官(当時)が、土俵への道を閉ざされてきた。
日本相撲協会の言い分によると、
「これは伝統だから」
なのだという。
いにしえの、まだ相撲が神事であったころから受け継がれてきた大切な伝統なのだそうだ。

でも、これって言い訳になってないんじゃないか。
昔からそうしてきたからって、今それを変えていけない理由にはぜんぜんならない。
大相撲のすべてにおいて昔を踏襲しているならともかく、1年に6度の興行にしたり、懸賞をもらうときに手刀を切るようになったり、かつては稀だった横綱を常設にしたり、外国人に門戸を開いたり、新しい決め技を登録したり、どんどん新しいことが取り入れられているわけで、それらが伝統ではないのに女人禁制だけが伝統だ、というのもおかしなものだ。
そんなことを言うくらいだったら、まだしも、
「女は不浄だから、神聖な土俵に入れられないんだよ、ケッ、文句あっか」
などという方が、まあ金にまみれた土俵の上に今さら神がいますとは思えぬにせよ、また今の時代許される表現ではないにせよ、論理的には破綻がない。

それに第一、そうやって崇めたてまつる「伝統」というもの自体、ホブズボウム『創られた伝統』(注)を持ち出すまでもなく、過去のある時点で人工的に生成されたものでしかない。
そのうえ一定不変ですらなく、言葉と同じように時代や社会の変遷の中で、つねに変化にさらされ続けているものなのだ。
世の中には「伝統」「日本文化」などといったたいそうな形容にかたどられていながら、その成り立ちに分け入ってみると案外歴史の浅いものも少なくない。

たとえば、おっぱい。
「ギャッ、ちょっと、何よ、いきなり、いつになく真面目な話だと思ったら、わっ、ちょっと、もう、何考えてんのよ、恥ずかしい、ヘンタイ、やだわ、失礼しちゃうわ、あたしもう帰る、プンスカ」
あ、あ、あの、いえ、誤解です。待ってください。違います。真面目な話なんです。聞いてください、ね、ちょっと、あの、あくまで「伝統」の話なんです、「日本文化」の話です。ホントです、ね、もうちょっとだけ、聞いてくださいよ。

えーと、たとえば、そこのキミ、そう、さっきからにやついてるキミ、おっぱい好きですか?
好き? あ、そう。
それって、「男の本能だ」なんて、思ってません?
何、当たり前だ? そうおっしゃる。
でも、もしかしたら、それって本能とか何だとかいった生物学的・生理学的なものとは全然関係なくて、文化として「つくられた」感覚なのかもしれないのですよ。
と、ほらね、そういうちょっと知的なことを、ここで論じたいのですよ、わかってくださいましたか?

今でこそ、やれ巨乳だの何たらカップだの、
「おっぱい、わーい」
などと浮かれ騒ぎ、
「日本の男はおっぱい好きである」
と自他ともに認める風潮にあるが、こうした傾向は実のところ、長く見積もっても、明治以降のたかだか100年にも満たぬ歴史を持つものでしかない。
世界の文化は大きく分けて「おっぱい主義breastism」と「非おっぱい主義」の2つからなっているが、近代以前の日本人は長きにわたって代々「非おっぱい主義」を奉じてきたのだ。歴史的な観点からすれば、日本人はごく最近に至るまで、おっぱいには大した関心を払ってこなかったのである。

純粋なおっぱい主義の中で涵養されてきたヨーロッパ文明と対比してみるとわかりやすいだろう。
神話的世界において信仰と崇拝の対象であった大地母神、豊饒の女神、大地の女神をあらわす像に共通するのは、豊満な身体、とくに強調された胸である。キュベレイ神やアルテミス神のように、いくつものおっぱいをぶらさげているものもある。そんな太古の昔から、ヨーロッパ人の思考と感性の中で、おっぱいは並ならぬものであり続けてきたのだ。

対する日本はどうか。歴史の教科書を思い出してもらえば明らかだろう。日本の土偶や埴輪には、女性的性格を持つことの指標としてたしかにおっぱいは使われているとはいえ、それはほんの、
「ちょび」
でしかない。指で摘んで土をちょっと盛り上げた、という程度で、ヨーロッパの豊満な乳房には及ぶべくもない。
そういった非おっぱい的な状態を起点として、日本文化は、胸を含めて身体全体を見るもの/見せるものとして対象化しない方向、身体の存在感を明確にしない方向へと発展していった。江戸時代においても、おっぱいの地位は、視覚的には当時のふくらはぎ、触覚的には現代のフトモモ程度のものでしかなかったのではあるまいか。当時の春画などを見ても、その扱いのぞんざいさに、憫笑を禁じえない。

そうした「非おっぱい主義」にあった日本が現代のような「おっぱい主義」へと転回したのは、文明開化以降、西洋の事物や観念が流入してきたゆえなのである。それも急激な転向ではなく、たとえば戦後になっても噺家の志ん生などは、
「おっぱいときたら、白い、ちーちゃい蕎麦まんじゅうがふたつ…」
などと言っているわけで、ごく最近になるまで、おっぱいへのこだわりは、普遍的なものというより、ごく限定的なフェティッシュな嗜好として理解されていたようである。

そうしたフェチっぽさが存分に発揮されているのが、川端康成『虹いくたび』(昭和25-26年)である。
作品中、特攻隊員となって死ににいく男・啓太が、許婚の乳房の型をとって、杯をつくる。
《百子さん、お乳の型を取らせてくれませんか。》
現代においても、好きな人は「わー、それ、欲しい欲しい!」と大興奮するかもしれないが、この「乳碗」には、「おっぱい、わーい」などと浮かれている今のわれわれが想像する以上の深い意味合い、重い価値が込められている。「やだ、スケベなんだから」とか、そういう問題ではないのだ。啓太にとって百子さんのお乳は、百子さんのすべてと等価であるといっていい。それを証すかのように、乳碗のための型を取り終わったのち、これまで決して百子さんの身体に触れようとしなかった彼が、はじめて彼女を抱くと、
《「ああ。」
 と、吐き出すようにつぶやいて、向こうにころがった。
「ああ、つまらない。しまった。」
…(中略)…
 それきり啓太は百子と会わないで死んだ。》
ということになるのである。
ちなみにこの啓太という男は、百子さんの乳房に触れつつ「お母さん、ああ、お母さん」などとつぶやいたりして、かなり最低なやつである。

と、なんだか話が脇にそれてしまったが、以上のことからも、「伝統」「日本文化」などと呼び慣わされているものが、生成し、変化し、消滅しうるものであることは明らかであろう。「おっぱい好き」などという感性や嗜好のレベルであってすらそうなのだから、「土俵の上は女人禁制」の規則なんていうカタチあるものなら、なおさらそうである。
ということで、この文章は相撲協会の「女人禁制」の立場に対して、文化的な側面から真摯に批判を行うことを主旨としたものであったわけであるが、一応読書ガイドでもあることだし、せっかくだから、現代の「おっぱい、わーい」と浮かれている諸君に1冊おすすめの本をあげておこう。
現代おっぱい主義の本場アメリカを代表する巨匠ジョン・アーヴィングの『ウォーターメソッドマン』がそれである。
ゆらゆらと揺れながら向かってくる乳房が、
《まるで酔払って夕日が二つ見えるみたいだった。》
なんていうの、いいでしょ。

しかしあらためて考えてみると、もしわれわれ日本人が、近代以降の西洋的なおっぱい主義の洗礼を受けなかったとしたら、この表現の持つ巧さ、的確さ、独創性をこのように心から味わうことはできなかったわけである。それを思うと、今さらながら、
「文明開化、バンザーイ」
と感じないではいられない。



(注)エリック・ホブズボウム/テレンス・レンジャー(編)『創られた伝統』(前川啓治、梶原景昭他訳、紀伊國屋書店、1992、¥4,757)


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