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コピー取りが嫌いなあなたに 『椰子・椰子』
川上弘美
新潮文庫、\476






この世でいちばんつまらないものといったら、
「コピー取り」
に決まってる。
田中ハゲ部長の最低ダジャレもつまんないけど、コピー取りのつまんなさに比べれば、まだマシよ。この無機質で野暮ったい四角四面のコピー機を見ていると、たまにはダジャレのひとつでも言ってみなさいよ、と言いたくなる。
こんなつまらないコピー機を相手に、日々延々とコピー取りをして、ああ、あたしの人生って、いったい何なのかしら、あたしはこれまで人生の何%をこの無益なコピー取りのために浪費してきたのかしら‥‥、と思案に耽りながらコピーを取っていると、いきなり、
「ガシャン、プシュー、ピーピーピー」
くそっ、紙詰まりかっ、このタコッ、バカッ、ボケ!
なんて、やだわ、あたしって、お下品。こんなコピー取りばかりしてるから、あたしの心の奥には、営業の高畠さんなんかには絶対知られちゃいけないような、どす黒いものが渦巻くようになってしまったんだわ。まったく、いまいましいったら、ありゃしない。
ホントにもう、何サマのつもりかしら。

メーカーも考えなしよね。
この不況の時代、真っ先に考えるべきは、一にも二にも、カスタマーズサティスファクション、顧客満足度、のはずでしょ。それを、何よ。
たしかに、コピー機を買うのは、会社かもしれないけど、でも実際に日々それを使用しているのは、ほかならぬあたしなんですからね。あ・た・し!
そこのところを、メーカーの人は、わかってるのかしら。
ま、どうせ、ああいうところのお偉いさんなんかは、
「あ、鈴木君、これコピーしてくれ」
なんて言ってるに決まってる。自分でコピー機なんてさわったことないでしょうから、わかんないんでしょうよ。
あーあ、ホントにどうにかしてもらいたいわ。
「ガシャン、プシュー、ピーピーピー」
ギャッ、また紙詰まり!? くそっ、このやろっ、トンチキ!

だいたい、何よ、この科学の進歩した21世紀の未来の世の中で、どうして、
「紙詰まりしないコピー機」
ができないのよ。何とかしてよ。
そういえば、この前も、
「プリンターでカラーコピーができるとしたら、どうしますか」
なんてCMがあったけど、そんなもんつくってるヒマがあったら、ほかにするべきことがあるんじゃないの。
カラーコピーだって、どうせ、やるのはあたしなんだから。
っていうか、そんなのが導入されて、山下課長あたりが、
「よーし、オレが今日はコピーしてやっか」
なんてことになったら、何をどう操作すればいいのかサッパリわかんないに決まってるから、
「えーと、えーと、あれ? これどうすればいいの? ちょっと、キミ」
って、キーッ、このウスラハゲ!コピー機くらい、使えろってーのっ、なーにグズグズしてんだよお、おらおら、邪魔だ邪魔だ、後ろつかえてるんだよ、この、どけっ、すっこんでろっ、このカス!
そんなんだったら、あたしが表のローソンまでひとっ走りしてカラーコピーしてきたほうが、よっぽど早いんだから。
コピー機に新機能がつくとしたら、あれよね。
オヤジなんかがマゴマゴしてたら、
「ピーピーピー、時間切れです。出直してください。あんたにはコピーは無理です」
なんて言ってくれる、
「オヤジ撃退機能」
っていうのなら、あったら重宝するんだけどなあ。

ゼロックスとかキヤノンとかも、そのあたりのことを考えてほしいものよね。
っていうか。
だいたい、何よ。
ゼロックスとかキヤノンって、何それ、って感じ。
ゼロックスなんて、ゼロよ、ゼロ。零。無。ナシ。
そんな縁起の悪い言葉を社名につけるなんて、どうよ。
キヤノンだって、何よ。なんでキャノンじゃなくてキヤノンなわけ? 何それ。あんたんとこのモニタは、小さい「ャ」が表示できないっての?
そんなんが許されるんだったら、シャープは「死ヤープ」なんだからね。ホントにもう。
「ガシャン、プシュー、ピーピーピー」
うっぎーっ、この、くそっ、ポンコツ、ゲス野郎!

言っておきますけどね、あたしの統計によりますとですね、実際にコピー取りをしているユーザーの72%は20代の女性なんですからね。ぜったい。
それって、けっこう、考慮すべき点だと思うわけなのよね。
そうよ。
何、あのダッサダサなデザインは。新機種が出たところで、見た目ぜんぜん変わんないじゃない。
どうせなんだからさ、海外のブランドと組むくらいのことは、してほしいものよね。
「ヴィトンのコピー機」
「プラダのトナー」
あー、それだったら、ちょっとはなぐさめられるんだけどなあ。
そうよ。メーカーのマーケティングの人は、ちゃんとそういうこと、考えなくっちゃだめなんだから。もっと女の子が喜ぶようなことをしなくちゃ、勝ち組になれないわよ。

ブランドもののほかにも、こういうのは、どうかしら。
「コピーをするたびにポイントがたまるコピー機」
1枚コピーするたびに1ポイントずつ加算されて、1万ポイントで商品券、100万ポイントで温泉旅行とか。いいわあ。
ついでにマイレージに振り替えがきくとかだったら、もっと嬉しい。
あるいは、こういうの。
「あたりつきコピー機」
何百枚も何千枚もコピーを取ってると、たまにその中に、紙の片隅に、
「エンゼルマーク」
が印刷されてるのね。
金なら1枚、銀なら5枚で、じゃじゃーん、これがもらえます。おもちゃの缶詰ならぬ、
「仕事の缶詰」
‥‥ダメじゃん。いらない。却下、この案。
「ガシャン、プシュー、ピーピーピー」
ぐぎゃっ、こここのポンコツ、壊すぞ、変態、ハコ野郎っ!

と、以上、かくのごとくコピー取りを恨み憎み、日々コピー機に虐げられ苦しめられているあなたには、ぜひともこれをおすすめしたい。
川上弘美『椰子・椰子』。夢のかけらのような、波間のあぶくのような、とりとめのない断片が、日記の形であわあわとつづられていく作品である。
これに出てくる「会社のコピー機の裏に四歳くらいの女の子が一人で住みついた話」がいい。
って、いや、「住みついた話」というほど、たいした話ではなくて、ほんの1ページ半くらいの分量しかないのだけど、まあちょっと、いいのだ。読んでみたまえ。

《四月六日  曇のち雨
 会社勤めをしている友人が遊びにくる。その友人に聞いた話。
 会社のコピー機の裏に、四歳くらいの女の子が一人で住みついた。
 紙づまりを起こした時には中にもぐりこんで上手に直してくれるし、よくまわらない舌で「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」をいつも歌っているので、長くかかるコピーの間も退屈しない。
 子供にしては珍しく「ねえねえ」とうるさく話しかけてくることもない。
 何か質問すると、小さい声で答える。内気なたちらしい。
 社員食堂の厨房からほんの少しずつ食べ物を取っているみたいだが、量も知れているので、みんな黙認していた。》

どうかね。なかなかよいでしょ。
で、そこでいきなり事態は急転、
《ところが、春の人事異動で新しくやって来た総務部長が融通のきかない人物で、会社の設備を利用するなら、その分は働いてくれないと困ると言いだした。》
というから、ハラハラドキドキだ。
えっえっえっ、どうなるのどうなるの!?
と気になってしまったあなたは、とりあえず本屋さんに直行である。

と、そんなわけで、あーあ、うちのコピー機にも、そんな女の子が住みついたりしないかなあ。
四歳くらいの女の子じゃなくても、そうね、16歳くらいの男の子でもいいんだけど。
それだったら、コピー取りだけのためにも喜んで残業しちゃうんだけどな。
で、会社にはほかに誰もいなくなって、うふふ、ねえ、今日はお姉さんと‥‥。
「ガシャン、プシュー、ピーピーピー」
ぐぎゃわっ、むぎーっ、はぎゃ、このクソ野郎っ!





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