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足フェチに贈る本 「瘋癲老人日記」
(『鍵・瘋癲老人日記』収録)
谷崎潤一郎
新潮文庫、¥476
「少年」
(『刺青・秘密』収録)
谷崎潤一郎
新潮文庫、¥438




私なんぞはあまりよくわからないのだが、世に足フェチは、多い。
少なくとも、フェチ業界にあってはナンバーワンのシェアと実力を誇っているようである。
髪フェチ、指フェチ、下着フェチなどなど、フェチと名のつくものは数多あれども、その中で足フェチにちょっとだけでも張り合える勢力を持っているのは、わずかに革フェチのみ。ほかはすべてを束にしたところで、足フェチの足元にも及ばない。

それはたとえば出版においても顕著であって、足フェチには「美脚マガジン」「おみあし倶楽部」「うつくしいあし」「週間美脚情報」をはじめ都合十数誌が林立しているの対し、革フェチには「月刊レザーリポート」「週刊カワ!」など6〜7誌、髪フェチには「みどりの黒髪」1誌のみ、指フェチに至っては年1回発行の「美指年鑑」しかない、といった大きな差となって表れている。

が、しかし、こと活字の世界となると、どうだろうか。ここでも足フェチ優位は変わらぬのか、というと、必ずしもそうとはいえないようだ。
むしろ髪フェチなんかのほうが、力を持っているような気がする。日本古来の伝統的世界などを見ても、御簾の下からちらりとはみ出た黒髪の端っこを見てキューンと胸がときめいてしまった若君や、それどころか風に吹かれて飛んできた一筋の黒髪を見て恋してしまった殿様もいる。
指に関しても、
「ピアノを弾くお姉さまの、白魚のような指先に、僕は思わず…」
というような表現がどこにでもありそうな気がするではないか。
それに比べて、足って、どうだろうか。指で言うところの「白魚のような」にあたる慣用的な形容表現にすら乏しいのではないか。「カモシカのような」というのは、しなやかで健康的だけど、あんまり胸がときめくものじゃないしなあ。

ということで、実は意外にも、世にあふれる足フェチたちを満足させるような活字本というのは少ないのではないか、と思うわけである。世の足フェチたちは、その嗜好を満足させてくれるような活字表現に飢えているのではなかろうか。
「俺も活字を読んでコーフンしたい!」
と願っているのではなかろうか。
(あ、もしかして、単に、
「わたしは『おみあし倶楽部』があれば満足です。活字ではコーフンしません」
というだけなのかもしれないけど、それでは話が終わってしまうので、あえて続けます。)

そんなわけで足フェチ小説の発掘に取り組むことにしたのだけど、こういうことに関しては、やはりあの人が第一人者であろう。そう、もちろん、谷崎潤一郎である。
ってことで、ちょっと見てみたのだが、むふふ、やっぱり、ありましたありました。これです。「瘋癲(ふうてん)老人日記」です。

ピチピチした嫁の颯子さんへの倒錯した性的興味、という、もうどうしようもなく谷崎的な題材を軸とした日記形式の小説で、カタカナ遣いなのがちょっと読みにくいけど、でもそこのところがかえってムードをそそったりして、たとえば、ほら、
《予ハ跪イテ足ヲ持チ上ゲ、親趾ト第二ノ趾ト第三ノ趾トヲ口一杯ニ頬張ル。予ハ土蹈マズニ唇ヲ着ケル。濡レタ足ノ裏ガ蠱惑的ニ、顔ノヨウナ表情ヲ浮カベテイル。》
なんて、ぐふう、変態的。
「僕も年を取ったら、こういう生活を…」
と早くも将来へと思いを馳せた人もいるのではないか。

この作品のほかにも、「少年」などもおすすめ。
《「人間の足は塩辛い酸っぱい味がするものだ。綺麗な人は、足の指の爪の恰好まで綺麗に出来て居る」こんな事を考えながら私は一生懸命五本の指の股をしゃぶった。》
なんてこと、10才の子どもが同級生の男の子相手に、するんじゃないっ。

と、気難しい足フェチも大満足の作品が目白押しではあるのだが、しかし少々残念なことに、この谷崎潤一郎、巷では、
「フェチ界の大御所」
「近代フェチの総本山」
などと言われて江戸川乱歩と並び称されているだけあって、足フェチだけを満足させているわけではないのだよね。
「青塚氏の話」(注1)などを読めばわかるのだが、彼の興味は足ばかりでなく、手にも背中にも乳房にもヘソにも及んでいる。

足フェチの立場としては、そのほとばしる情熱を足にのみ注いで欲しかった!と悔しいような気もするのだが、まあそこはそれ、度量の広い文豪のこと、もしかしたらそれは、
「フェチはフェチ同士、仲良くやりたまえ」
という平和への願いを込めたメッセージであるかも知れぬわけで、後世のわれわれは、心して彼の作品に相対せねばならぬのかも知れぬのだ。(そんなことないって。)


(注1)『美食倶楽部』(ちくま文庫、¥860)などに収録。
(注)一応、念のために言っておきますが、『おみあし倶楽部』も『美脚マガジン』も『レザーリポート』も『美指年鑑』も、ありません。フィクションです。本屋さんで、
「『おみあし倶楽部』の今月号、ありませんか?」
などと言うと、恥ずかしい思いをすることになります。注意しましょう。
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