イラスト「陽と雲のプロムナ−ド」  by yk 








 帰 る (編 五月雨ふられ)
                        くた




五反田へは

品川まわりの方が早いけど

君を思いだすために

久しぶりの家並みを見ながら

今の僕には池上線が

ちょうどいい速度で

君と出かけた日

洗足池で降りだした雨は

五反田で本降りになっていた

東急デパートの屋上にテレビヒーローが来る

はずだったんだよね

もう帰ろう

その一言だけが君の思い出

たったそれだけだったのかな

足をぶらぶら

でんしゃ

でんしゃ

えほんのとおりに

ガタンゴトン

おうたのとおりに

ガタンゴトン

洗足池で降りて

ベンチに座って僕は待っている

次の電車が来るのを

その次の電車が来るのを

その次のあの日の君の電車が来るのを

洗足池の水面に

信号のない横断歩道に

君が乗っている電車に

僕が立ち上がったホームに

雨が落ちて来るのを

君は電車の椅子に座って

足をぶらぶら

でんしゃ

でんしゃ

えほんのとおりに

ガタンゴトン

おうたのとおりに

ガタンゴトン

君を思い出すために

僕も足をぶらぶらさせてみる

もう少しで降ってきそうだから

もう少しぶらぶら



もう降らないのかもしれない

もう降っているのかもしれない




東京出張の際にはいつも

千鳥町の駅近くの旅館に素泊まりをする

「観月」という名前は

大観が仕事宿として長逗留した折に

部屋から見えた月を愛でたことに由来する

らしい

その屋敷の鬱蒼とした

木立の合間から見える月よりも

その葉々に当たる雨音の方が

よっぽど いいよ

と言ったのは

幼い頃からその旅館前を通学路にしていた

君の言葉だった

田舎から進学のため上京した僕には

そのあかぬけた標準語に

浅い嫉妬のようなものもあったが

もうそんな言葉も

聞く事はないのだろうと思いながら

千鳥町の駅で降りた

いつもの旅館で素泊まりを頼むが

いつもと違って

テレビも点けずに

窓を少し開ける

自転車の音

子供の帰る声

シャッターを閉める音

客の出入りを検知するチャイムの音

葉ずれの音

踏み切りの音

雨の音はまだ聞こえず

いつもは待ち望んでいた

月が見え始めるから

まだ僕は

窓の外の音に耳を澄ませている

ようやく

雲がかかり始めた月を見ながら

君の

よっぽど いいよ

という声を

また思いだしている

ざわっとひと風ふいた

もう少しで降ってきそうだから

もう少し耳を澄ませている



もう降らないのかもしれない

もう降っているのかもしれない




戸越銀座商店街は

貧乏研究生のオアシスで

なかなか馴染みにしてもらえなかったが

いきつけの定食屋もいくつかあり

あの日一服した後

雨もあがったから国文研に行かないか

と君がなにげにいいだしたので

行ってはみたものの

古文アレルギーの僕は

中に入る気にもなれず

時間を決めて

隣の戸越公園で噴水を眺めてた

帰り道

戸越銀座の駅が見える頃から

かゆいなと思いながらモゾモゾ

としている僕の顔を見て

君は怪訝そうな顔をしてたが

家具屋の鏡に映った僕の

首筋からプツプツが沸き上がって

顔中に広がろうとしていた

雨上がりの樹木からしたたり落ちる液に

かぶれたんだろう

やわだなあ なんて

あんなに笑うことはなかったじゃないか

君のせいなんだから

それに君の方がずっとやわなのは

知っていたさ

僕よりもずっとやわなのは

と思いながら

戸越銀座の駅で降りた

もう一度公園まで歩いて

噴水を眺めてくれば

笑い声が聞こえてくるのだろうか

雨も降っていないのに

君の専攻はなんだったけか

君の探していた文書はなんだったんだろう

君の見たかった世界はなんだったんだろう

あの店の前で笑い転げてた君にはもう

もう見えていたんだろうか

雨を待ちながらゆっくり歩き

あの日入れなかった国文研に入る

もう少しで降ってきそうだから

もう少しここで探してみる



もう降らないのかもしれない

もう降っているのかもしれない




あの日の雨は



もう降らないのかもしれない

もう降っているのかもしれない




僕は目を閉じて

五月雨に降られたなら

君の笑顔が

見えるのだろうか



それとも

あの五月雨に濡れたなら

君は遠くへ

消えてしまうのか




五月雨ふられ

あの日の君は

五月雨ふられ

今 僕は




洗足池に降る雨を

鈍行列車に降る雨を

庭の木立に降る雨を

窓の木枠に滲む雨を

商店街に降る雨を

書架の向こう降る雨を



あの日の

君の全てに降る雨を




その雨は



もう降らないのかもしれない

もう降っているのかもしれない




五月雨ふられ

君は笑うのか

五月雨降られ

君は消えるのか

五月雨ふられ

僕はどこにいこう




もう少しで降ってきそうだから

もう少し目を閉じてる




もう降らないのかもしれない

もう降っているのかもしれない




あの日の雨は






もう降らないのかもしれない

もう降っているのかもしれない








 
 
不可視/可視       
                  
銀色




ふと足を止め、その場に立ち尽くしている。

目を遣ると木々の間から零れ落ちる光柱。

ざわざわと侵入者を拒む声。

ひりひりとする視線を感じるが、私には不可視のモノを見る力はない。

耳元で声がした気がする。

誰かが服の裾を引く感触がある。

けれど、目には何も映らない。



いつから人はこんなにも鈍感になったのだろう。



不可視のモノを否定して、可視のモノだけ信用する。

でも、

ここにいる気配は現実で。

決して一人ではない。

恐怖を感じる心、畏怖する心。

それを無くして私たちは何処まで行こうとしているの。



水の匂いがふんと鼻をついた。

どこかで雨が降り出したらしい。

可視の現象になら私の感覚もまだすてたものではないらしい。

けれどここを動く気にはなれない。

不可視と可視は表裏一体。

どちらかを見ればどちらかは見えない。

それを感じるだけの心が欲しい。

立ち尽くす私の頭上、

雨は降り始める。
五月の詩
                  yk
                                



田んぼに水が張られたら

急に五月が目を覚ました



<やっぱり五月はこうでなくちゃ・・・>



水面を渡る微風が繊やかなさざ波を吹き寄せ

その燦きが 忘れかけていた思い出をつれてくる



夏の初めの 遠い 遠い 思いで・・・



薫風が止めば鏡の現出

空が少し眠そうに朝の身支度をする



上の空と 下の空と

まるで大きな二つの空に挟まれたかのよう・・・



鏡のふちの畦道も

もうすっかり緑色に潤って

山も明るく笑っている



特にわけなどないのだけれど

なんとなく なんとなく たのしみな夏



ここから夏への地平線は

青く遙かな蜃気楼のようだ

        
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Rain Tree     
                       
秋乃 陽  

  


 
     
糸のように降りかかる 優しい雨

     そんな日には

     ひとり 街へ出て 街路樹を巡る




     ショーウィンドウに映る自分

     あの頃よりも 疲れた顔

     「 最近何してたっけ… 」

     そんな日が続いてた




     切れ切れに目に映る 乳白色の雨

     そんな雨が

     古い映画の ノイズのように 記憶を映す




     懐かしさに 急に寂しくなる

     自分でもよくわからない

     「 何やってんだろ… 」

     そう思ってはいたけど




     雨が樹のように降りかかる

     樹が雨のように遠く霞む

     あの日 見たのは

     哀しいほどに 優しい白




     白い空の下で

     雨が飾る樹の下で

      いつか

      昔の自分に 遭えるような




     そんな気がした



 

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スケッチブック 
                       
ブル





「珊瑚をひろう」

   春の中の夏
   南の岬の珊瑚のかけらを
   浅葱色の空にかかげる



「ソウル」

   英語では魂とも言う
   魂がメロディになった音楽をも指す
   イタリア語ではソールとは姉妹だ
   何の魂?
   誰の姉妹?

   この街
   となりあった国の
   魂のような都市
   ちいさな妹の声で
   この街を呼んでみたい

   オンニ(姉さん)、
   五采の裳裾が
   日の光に踊っています












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朝 (Caprice)
                    ブル



ときどき知らない人になる
その人は美しい切れ長の眼を持っている
長くて強い黒髪を束ねて
真っ白な麻の服を着ている
ニューヨーク、摩天楼の見える部屋で
百合が飾られた青磁の壷のある部屋で
その人はピアノを弾いている
バッハの平均律
その調べにあわせて
都会の喧騒が「アヴェ・マリア」を歌っている
完全に調律された直線の朝が
その人に言う 天使の声で
おめでとう
あなたは祝福された方

目覚めると僕はここにいる
僕は小さくて丸い奥二重の眼
めがねを掛けて確認するのは
少し白髪の混じった短い髪の毛
戦闘機のコックピットのように狭い部屋だ
昨日の疲労が降り積もった部屋だ
僕は黄ばんだ歯をむき出して
鏡の前で実験的に笑ってみる
ある一日を踏み出す
その瞬間がやってくるのを
しかたなく待ちうけながら
もうひとりの自分が微笑んでいるのを
遠い記憶のように思い出す

たららららららら
たららららららら
バッハの平均律
だれも「アヴェ・マリア」は歌ってくれない
そんな一日のために
自分で歌う 天使の声で
アヴェマリアグラチアプレナドミヌステクム
おめでとう
あなたは祝福された方












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 しゃぼんだま
           
   桂
しゃぼんだまが飛んでいった

フワリフワリと 飛んでいった



東の方へ飛んでいった

君と過ごした街へと 飛んでいった



西の方へ飛んでいった

君が今いる街へと 飛んでいった



しゃぼんだまが飛んでいった

フワリフワリと 飛んでいった



キレイなキレイな しゃぼんだま

僕の想いが 飛んでいく



カワイイカワイイ しゃぼんだま

あなたのもとへ 飛んでいく






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うたたね
         
      くろ




抜けるような

青空の下



湿った風と

優しい匂い



そんなものを

探しながら



寝転んだ芝生の上

軽い眠りの中



過ぎ行く季節と

迎える季節を

感じます



ただ青空の下

ほんの少し

うたたねを

しながら。。。





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             夜行星




重すぎる沈黙に

耐え切れなくなってたから

グッドタイミングだよ

心地よい「パ」行の丸みが

フロントガラスに広がって

ひび割れた夜の表皮を

淡い光の膜で覆っていく



ワイパーのタクトを

単純な2拍子で振って

ワルツが踊れるわけないけど

拭うたび綴られる

雨の音符が

少しずつ

からっぽの水がめに

やさしさの雫を落としていくから

左手を

そっと伸ばして

探してみようかな

ダッシュボードの

鍵盤をなぞる振りをしながら

きみの右手


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 バラ星雲
                        yk



 
宇宙の中に巨大な深紅のバラが花開いている 

 ほんとにバラの花そっくりの形状をしている

 これは恒星が爆発した跡なのだという

 そんなに激しい爆発がバラの花の形を取るのだとすれば

 我々が普段何気なく見ているバラの花も

そらに向かって爆発しているのだろうか


雨 と 夢   
                     銀色








空から落ちてくる色とりどりのゼリイ。

私の体に触れたとたんにそれは金剛石の硬さに変わり、

足元覆い尽くす勢いは誰にも止められるものではない。

ゼリイの間を縫うようにして飛ぶ蜻蛉の羽は、

見事な飴細工のよう。

てらてらと透明な輝きを残す。

甘い甘い夢















薄ら寒い部屋の隅で、

窓ガラスに体を押し付けて雨の音を聞いています。

ここはマンションの最上階。

地に落ちる音は聞こえません。

けれど、なぜか

「さあ。さあ。さああ。」

という音だけが聞こえます。

雨の音にしては何かの音に似ています。

それは血流。

私は地球の胎内の夢をみる。














新しい長靴と傘、

水溜りをわざと選んで帰る。

そんな風に雨の日を楽しむことをいつから忘れたの?

傘をさして雨で生き生きとする植物の間を抜けて、

水かさを増した川を眺める。

蛙の大合唱がよく響いて。

公園にいるのは私だけ。

それは幼い日の夢。














満員電車で滴のいっぱいついた傘を押し付けられて、

いやな顔をしながら我慢している。

雨の日は蒸れるから嫌な匂いまで漂う。

うらめしそうに窓から空を見上げ、

「はやく止まないか。」と祈る大人と学生と。

雨が止めば置き忘れられる傘も、

今は大事に胸のなか。

雨が止まないことを願っているのは傘なんだろう。

雨の日の電車は夢をみる暇もない。














せっかく洗車をしたのにと、

雨を恨めしく思う人。

これで綺麗になるからと、

雨を嬉しく思う人。

ワイパー越しにみる雨に滴は、

円形でとても綺麗。

見とれると永遠に夢を見ることになるよ。















雨降りは好き。

庭の緑を眺めながら薄暗い部屋にいるのは好き。

雨だれの音を聞いていると、

そのうちとろとろと眠くなる。

雨の音だけが響き、不愉快な音は消える。

とん、てん、ぱらりん。

雨の音は不思議な音。

雨の神様は子守唄を歌う。

そして私は水底の夢をみる。







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そばにいる、透明のぬくもり
                             
七呼





気付いた



いつでも

透明がいる



私のそばにいる




雨も透明だ

遮るように降っていても

いつだって

向こう側の景色も届けている




邪魔などしない




雨は透明だから

私の周りの透明を嗅いだら

どうしたって

雨の匂いがしてくるのだろう




邪魔などしないけど




透明として

気付かれないのは

さみしくないのだろうか




雨として

気付かれるなんて

さみしくないのだろうか




気付かれないより、ましだ




そんな言葉の代わりに

雨の匂いはいつだって

穏やかに漂う




やさしい匂いだ

あたたかい匂いだ




透明には

ぬくもりがあった




だから気付いた




いつも

そばにいる




今日は、雨として
















 遠く海を想う


                         yk






小さな海辺の町に住んでいた頃・・・



嵐の夜

集中豪雨と暴風と荒れ狂う波の音が絶叫し合い

闇の底から不気味な大合唱が轟き渡って

言いしれぬ恐怖に心底震えたことがある



今にも大海が盛り上がって来て そのまま飲み込まれてしまいそうな

己の生の根源そのものを ぐらぐらと大きく揺さぶられるような

何処か抗いがたい 底知れぬ 強烈な畏怖の体験であった



翌朝 海岸に出てみると

空は何事もなかったように清々しく晴れ渡っていて

朝陽にきらめく平和そのもののような いつもの海がそこにあった



寄せては返す

太古からの

どこまでも単調な

際限のない反復



大いなる生の揺籃の

安らぎに満ちた 果てしない慰撫



しかしながら 眼前に海食崖を見下ろせば

むざんなまでに削り取られた赤裸々な実相



紺碧の波の玉砕と

真っ白な水泡の揺り戻しと回旋が

繰り返し 繰り返し

時の永遠を咆吼のように激白し続けていた



いま

7月の林間から 遠く あの海を想う



雲のかなたから たどりつく風に乗って

あのときの潮騒と原初的な海の匂いが ふと蘇る



海は もとより 私たち生きとし生けるものの

遠い 遠いふるさと

その始源に 瞑想のように立ち戻りつつ

遠く海を想う



翻ってまた

さらに遠く

この星の未来を

想う













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イラスト「北国の海岸の思い出」 yk 

 硝子の向こう
                 
好花




硝子の向こうは異世界

叩き付けられる透明の掌や脚

うねる波が平面を流れていく


波の向こうは最果ての島

雪解け水がオーロラの喉を潤し

魅惑のワルツをかき消して... ...



 雨。


    ああ   雨は、



のぼりつめた空から降ってくるものだ

だれかの芯にまで

そっと囁くように



忘れられた雨の午後には

黒ツグミの歌がきこえる


(時計台の鐘は何時だって狂っている


少し唄っては黙り込む黒い羽根は

肺を温めるようにちいさくなる


また

妖精達がPas de deuxを踊り出す


雨はもう上がるだろう

湖に入るだけの蒼い息を

三日月に譲ろうとして



 雨。


    ああ   雨は、



見かぎられた空から降ってくるしかないのだ


だれかの芯にまで

そっと届くように







    

                site

 紫 陽 花
               野田祥史




曇天に輝く紫陽花の扉は

(オパールに織り込まれた硬質の花片)

解放する雨の日の陰鬱から

そして雨粒は宝石と変貌する




私は傘の下でそれでも濡れながら

光の眩暈におそわれるがしかし

ズボンのすそからにじみくる不快に

奇妙な肉体の感覚を得るのだ




それは官能の喜びではない

それならばむしろ全裸で

季節の精と交わるような




紫陽花の上で静かに

葉をはんでいる

一匹のかたつむりに憧れるのだ











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