ソワサント 1999 october

陶芸を始めたK子さんへの手紙 連載第四回

「釉薬(うわぐすり)は、宇宙の浪漫に通ず」



 この四年間、「日本伝統工芸展」に毎年応募しているのですが、今年も出品に向けての作陶がラスト・スパートの段階を迎えて、暑さと熱さで疲労困憊の日々を送っています。

七月は六回、窯に火を入れました。ほとんど窯が冷める間もない焼成の連続で、来月の電気代の請求が思いやられます。僕の窯は電気窯ですが、還元焼成という焼き方で、950度あたりから1230度までプロパンガスをバーナーで吹き込んで、窯の中の酸素を奪います。
鉄分の多い粘土が落ち着いたグレーに焼きあがり、釉薬に加えた銅分が紅に発色する。僕の好きな焼き方です。

  「日本伝統工芸展」には、二年続けて入選したあと、去年は落選。受かりたいという意識が強すぎて気持ちがちぢこまってしまったという反省から、今年は楽しみながら作ろう、結果はあとから付いてくるもの、と気分を切り換えてやてきたつもりです。さてどうなりますか。


 今日は釉薬の話をしましょう。教室の釉薬を使って、ひととおり焼いたあとは、自分だけのオリジナルの釉薬を調合してみたらどうでしょう。自分で調合を始めると、陶芸の面白さが断然違ってきます。本格的に陶芸にハマるのは、この段階からです。

 むずかしく考えなくていいんです。まづは、透明釉にチャレンジ。焼くと透明になる、バランスのとれた釉薬です。材料の基本は長石。その長石を溶けやすくするために石灰を加えます。さらに、流れないよう珪石を、そして釉薬と胎土をしっかりくっつける糊の役割をする「カオリン」という白色の粘土を加えます。

入門書を開けば詳しく書かれているので参考にしてください。ただ、詳しすぎる本はかえって混乱するかもしれません。多種多様な材料を使った調合法が紹介されていますから。でも考えてみれば、昔の人は少ない種類の原料で、今に伝わる名品を作っていたわけで、最初からあれもこれもと材料を増やすのは感心しません。

 ちなみに、僕の透明釉の調合を紹介しておきましょう。
釜戸長石    41
白石灰      15 
炭酸バリウム  5
河東カオリン  13
福島珪石    10

材料の前に付いている「釜戸」や「河東」は採掘される地域の名前です。炭酸バリウムは石灰と同じく長石を溶かす性質を持ち、酸化金属を加えて色釉を作ったときに発色が鮮やかになるので加えています。炭酸バリウムは劇物に指定されているので、使うなら扱いは慎重に。 
この調合は、あくまでも僕の窯で、僕の焚き方をしたときにきれいな透明になるということなので、窯や焚き方が変われば結果は違います。やはり自分でテストして、気に入った透明釉の調合を見つけて下さい。

 世界にひとつしかない、K子さんだけの釉薬って素敵ですよ。釉薬の調合というのは、じつは宇宙の浪漫に通じます。材料は地球のあちこちに散らばっていた鉱物。宇宙の創生(ビッグバン)以来、誕生と爆発を繰り返してきた星の子孫たちです。K子さんがいなかったら絶対に出会うことのなかった星のかけらが、ひとつ所に集り、新しい小さな星が誕生する。

考えてみると、陶芸というのは、窯という宇宙の中で星を作ることかもしれません。


 さて、僕の場合は、調合した釉薬を素焼きの湯飲みに掛けて、教室に持ち込んで焼いてもらっていました。先生はよくぞ許してくれたものです。自分の窯を持つようになった今、あらためて先生の心の広さに感謝します。テスト用の調合は、窯の中で流れたり垂れたりして棚板を傷めます。

「自分専用の棚板を買いますから、テストさせて下さい」と持ちかけるのが礼儀だったと、今は思っています。

 満足のいく透明釉ができると、僕は色釉にチャレンジしたくなりました。鉄や銅などの酸化金属を加えると、さまざまに発色します。たとえば、織部の緑は酸化銅、天目釉の黒は酸化第二鉄、辰砂釉の紅は炭酸銅・・・。
基本釉の調合を変えれば、肌はツルツルからシットリに変わったり、カサッとした感じになったりと千変万化の面白さです。教室に気に入った釉薬があったら、先生に調合を聞いてみましょう。
「釉薬の調合は秘密じゃないの?」と、K子さんは思うかもしれませんが、自信のある先生ほど教えてくれます。教えてくれないのは、ケチか自分に自信がないのだと考えていいでしょう。同じ絵の具を使ったからといって、僕にモネやピカソの絵が描けるわけではありませんから。
優秀な陶芸家は、そんなことよりももっと上の「表現」のことで悩んでいるはずですから。


 和食のお店で、器に掛けられた釉薬の名前がわかるのは嬉しいことです。美しく発色している金属成分は何だろうと推理してみるのも楽しみです。
先日、おいしいと地元で評判の福岡のトンカツ屋さんに行きました。小鹿田(おんだ)焼きの器が使われていました。料理のおいしい店は器もいい、というのが僕の思い込みです。小鹿田焼きは飛鉋(とびかんな)の小粋な連続模様に青緑色と茶色の釉薬が部分的に掛けられるのが一般的で、僕の好きなやきものです。

その皿は、青緑色の釉薬の周囲が珍しく紅に発色していました。ああ、やはりこれは銅の発色だったんだ。銅は炎ボーボー(酸化炎)で焼くと緑になりますが、部分的に紅が出ているということは、やや煙の多い焼き方(還元炎気味)で焼かれたものです。
トンカツを頬張りながら、いつもより煙のたくさん出ている山里の窯場の風景を思い浮かべました。

 

○ 釉薬に関するアドバイス


その1 調合テスト用は30グラムで十分

テスト用の釉薬は、原料の合計が30グラムあれば、ほぼ正確な結果が得られます。それ以下では、本番用に作る時との誤差が大きすぎるし、それ以上では材料がムダになります。

 ハカリは、理想を言えば上皿天秤。中学の理科教室でお馴染みの(今でもあるのかいな)ハカリですが、買おうとして探してみたら3万円以上もするので諦めました。
最初に買ったのは、1グラム単位まで計れる料理用の小型のもの。そのあと、色釉を調合するようになってからは、「酸化金属を0.3グラム」などという計量が必要になって、0.1グラムまで計れるデジタルのものを買いました。1万5千円也。痛い出費でしたが、今も重宝しています。

それにしても、あの上皿天秤というのはよくできていて、正確さにおいてはデジタルなんか目じゃありません、昔の人の知恵はすごいです。

その2 材料が揃ったら

 使い捨てのプラスチックのコップに、計り終わった材料を入れて、最後に水を注ぎます。割り箸などでかき回してドロドロになたら、陶芸用の篩(ふるい)を通します。網目を通らないものは、裏ごしの要領でゴムベラを使ってつぶします。これで、テスト用釉薬のできあがり。
素焼きされた陶片や湯飲みに掛けます。30グラムあれば、小型の湯飲みなら二、三個は施釉できます。

 前にも言いましたが、釉薬の材料には有害なものもありますから、ゴムベラなどは陶芸専用にして下さい。調合する場所も、バスルームはダメですよ。キッチンの流しでなんていうのは、もってのほかです。コップなどを洗った水もバケツに溜めて、上澄みの水だけを捨てて下さい。

僕は以前、バスルームで調合していたので、自分自身への反省を込めてのアドバイスです。自分と、家族と、地球の健康のために。


その3 草木の灰は面白い

 草木の灰で作る灰釉は魅力的です。植物が地面から吸い上げた成分は驚くほど多様で、それらが微妙に作用して趣きのある釉薬になります。草木の種類によって成分の比率が大きく違い、また生えていた場所の土質によっても異なるといわれます。

僕は、毎年冬に友人の山荘で暖炉を楽しんだあとの灰をもらって帰って使っています。雑木の灰ですが、しっとりとした肌合いの焼きあがりです。セイタカアワダチ草の灰を試した知人がいて、彼によれば「付近で調達した粘土に、じつに良く合う」ということでした。
嫌われ者の外来種も、思わぬところで罪滅ぼしをしているということでしょうか。