ソワサント 1999 AUGUST 陶芸を始めたK子さんへの手紙 連載第三回
陶芸教室に通い始めて三ヵ月。そろそろロクロに挑戦してみたい、というK子さんの気持ち、よく分かります。電動のロクロを挽いている生徒の姿はなんとも格好良く見えるものです。 僕は手びねりで湯飲みの作り方を教わったあと、すぐにロクロを習い始めました。先生が二、三個湯飲みを作って見せてくれて、いきなり「さあ、やってみて」と言われて思わず腰が引けました。確かに先生の動作を見ていたのですが、両方の手と指が複雑に動いている。だいいち、どこを見ていればいいのか分からない。こういう基本技術というのは、やはり慣れることですね。 |
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粘土のてっぺんにゴルフボールくらいの大きさの「ネギ坊主」をつくる。 |
2 | 中心に親指で穴をあける。 |
3 | 両手ですくうようにして、腰の部分の粘土を上にあげる。 |
4 | 内と外に指を添わせて粘土を挽きあげて、均一な厚さにする。 |
5 | 底を平らにして形をととのえる。 |
6 | 縁を弓で水平にカット。 |
7 | 縁をなめし皮で滑らかに。 |
8 | 底を糸で切る。 |
ロクロの名手と言われる陶芸家の作業を見ていると、まるで舞を舞っているかのような滑らかさで、動作が続いていきます。でも、ひとつひとつの工程は、着実にこなしている。長い歳月のうちに習得した、最も無駄のない動きで、しかも要所要所で所作がぴたりと決まる。 ![]() 名人技と比較するのはおこがましいのですが、初心者には初心者なりに上手になったことが分かる瞬間があるものです。僕の経験でいうと、「あ、コツをつかんだ」と実感したのはロクロを始めてちょうど百時間目くらいのときです。指の動きに粘土のほうが付いてくる感じで、するすると伸びて薄い湯飲みが挽けた。それまでどう頑張ってみても肉厚でドテッとしたものにしかならなかったのに、余分な力が入らず、ほんとうに指と粘土が一体になったような快感。 じつは僕の場合、「百時間目の快感」は半年ほどで訪れました。もちろん才能です、と言えればいいのですが、家にロクロを買ってしまったから。教室で初めてロクロを体験した、その週のうちにメーカーに注文しました。これは一生の趣味になるぞ、という確信があったから。 さて、ロクロを置くスペースが問題でした。我が家はご存知のようにマンションです。雨のかからないベランダの、一・五平方メートルほどを使わせて頂きたいと当局に願い出た。汚くしないという条件で交渉成立。ロクロ、土練り台、粘土の保管箱などを並べて、僕のベランダ陶芸が始まりました。真冬の深夜のロクロ作業を思い出すと、いまでも胴震いがしてきそうです。ほとんど遭難寸前になるまで我慢して、風呂に飛び込んで・・・。 そんな無茶がやれたのも、やはりロクロは楽しいからですね。昨日より今日、今日より明日と、自分が上手になってゆくのを、目の前の形として見ることができる。こんな体験は、大人になるとなかなかできません。冬のしばれるベランダ陶芸はK子さんには勧めませんが、「習うより慣れろ」という言葉は、月並みではあっても真実だと思います。 ロクロの名人の話をもうひとつ。名人が手早く挽くのを見ていた人が言いました。「あんな二十秒ほどでできるものが、どうして何万円もするんだろう」それを耳ざとく聞きつけた名人は静かに言った。「二十秒で出来たのではない。五十年と二十秒じゃ」僕の大好きな話です。 ○ ロクロに関するアドバイス
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