雑誌「科学」Mar. 2010 Vol.80 No.3 「読者からの手紙」掲載
「サイエンスカフェの現状」
新田恭隆(東京都国分寺市市民「サイエンスカフェ on 中央線」運営)
日本でもここ数年の間にサイエンスカフェが多数開かれるようになった。
科学技術振興機構のWebサイト「サイエンスポータル」内の「サイエンスカフェ案内」によると、2009年10月から12月の間に全国でサイエンスカフェが278回あった。サイエンスカフェが盛んに開催されている様子が窺われる。開催地もこの間32都道府県に及ぶ。
サイエンスカフェの開始状況を主催者別に見ると、表のとおり、大学(大学教員や学生などの主催を含む)、独立行政法人、学会および政府で5割を占めていることが目を引く。これに対して民間主催は2割程度に過ぎない。その他はNPO法人、地方自治体などである。
ところで、サイエンスカフェとはなにか。サイエンスカフェを始めたといわれるイギリスのWebサイト「Café Scientifique」によれば、サイエンスカフェとは1杯のコーヒー代(またはワイン代)で誰でもが科学技術の最新の話題を知ることができるところ、ただし、伝統的なアカデミックなやり方はとらない、とある。
日本では、たとえば中村征樹氏(大阪大学)はサイエンスカフェの意義に関して「(サイエンスカフェでは)たんに情報発信をすればいいというだけでなくて、市民の側の関心や期待や懸念を研究者の側が聞いていく、そのような場としても、サイエンスカフェの意義があるのだと思います」と言っておられる(2007年2月「学問と社会のあり方」第1回研究会における同氏の講演「サイエンスカフェの挑戦」)。このようなことを考えると、サイエンスカフェでは一般的には参加者を少人数にすることや双方向性を持たせるやり方の工夫などが大変重要だと言えるのではないだろうか。
こういう視点から表を眺めた場合、現在の日本のサイエンスカフェの姿がサイエンスカフェ本来の狙いから少しずれる傾向にあるように思われてくる。
それは、前述のように5割のサイエンスカフェの運営主体が正に科学技術の研究主体そのものであるということである(NPO法人の中にもそのようなものが見受けられる)。もちろん研究者側が参加しないとサイエンスカフェは成り立たないが、運営主体が研究者側であると、これまでと同様の単なる啓蒙行動や講演会の亜流になりがちで一方通行に終わる懸念が大きい。実際にWeb上でサイエンスカフェの案内や写真を見たり、いくつかのサイエンスカフェに出向いてみると、参加人数が多い(中には100人を超すものもある)、説明時間が長い(参加者との交流時間が少ない)、コーディネートする人が同僚教員など内部の関係者である、などが目に付く。飲み物を配ったり大規模の場合は参加者を小グループに分けて運営補助者に討議をサポートさせるなどの工夫はみられるが、本来サイエンスカフェに期待される雰囲気を醸し出すことは難しい。サイエンスカフェにおいては、来場した一般の市民の反応を研究者が直接感じ取ることが必要なのである。
また、会場が運営主体の構内であったり外部とはいえホールであるなど、一般市民にとって打ち解けにくい場所であることも多い。研究の場に市民が赴くのではなく、研究者が市民の生活するところに飛び込んで話をしたり聞いたりする、すなわち“場を変える”ことによって講演、講義などとは違う効果が期待されるのである。
何分サイエンスカフェは、研究者と普通の市民という科学に関する素養基盤に大きな差のある人たちの対話であるから制約も多い。しかし、これに直面しなければならないのが現代の科学の置かれた立場なのであろう。サイエンスカフェが本来の狙い通りに育っていくことを願うものである。
昨年のいわゆる事業仕分けで科学技術予算が注目された。その中で科学者側の説明不足が反省されたが、今後安易にサイエンスカフェが一方通行型の説明の場とならないよう注意を促したい。もしサイエンスカフェが科学者側からの国民に対する理解を深めるだけの広報活動になったら、サイエンスカフェの存在意義が失われてしまうだろう。
■表−−運営主体の分類(2009年 10月〜12月の合計)
学会 5(4.4%)
大学 32(28.1%)
独立行政法人 18(15.8%)
政府 2(1.7%)
(小計) 57(50.0%)
自治体 16(14.0%)
NPO法人 15(13.2%)
民間 21(18.4%)
その他 5(4.4%)
合計 114(100.0%)
(出所)科学技術振興機構Webサイト「サイエンスポータル(サイエンスカフェ案内)」
(注)1.同一主体が期間内に2回以上実施したり、同一大学などでも別の学部、部署、担当者が実施したものがあるため、
この期間の延べ実施回数は278回である。
2.資料としたサイトを通覧すると、サイエンスカフェと認められないものも若干あるが、ここではその回数も含めた。