上越・芝倉沢〜茂倉岳〜茂倉尾根


1979.5.5 佐々木、高橋
 今年のGWは南・北アで多くの事故が起きている。悪天のためか、いずれも転・滑落など初歩的なミスが原因のようだ。後半は天気が持ち直したため、同期の高橋を誘って芝倉沢に出かけた。

 5月5日(快晴) 土合駅ホームに下り立つと、高橋が一両前のドアから出てきてホッとする。おなじみの「恐怖の階段」をせっせと登り、切符売場の下に陣取って仮眠。6時前に出発し、湯桧曽川沿いの新道に入る。先月の蓬峠の下りでも通ったが、なかなか気持のいい道だ。早朝のすがすがしさと新芽の緑がさわやかで眠気もあまり気にならない。雲に隠れた稜線もまもなく現れるのは確実だろう。一ノ倉沢、幽ノ沢の残雪を左に仰ぎ見ながら進む。芝倉沢で合宿するパーティーや山スキーを担いだ人々が追い抜いていく。中一本で国鉄巡視小屋に着く。虹芝寮付近はテントがにぎやかである。旧道まで上がってから芝倉沢へ入る。すっかりガスも消えて快晴となった。

芝倉沢 急峻に落ち込む武能尾根を正面に見据えて登り始める。その先は左折して見えない。雪上訓練に向かう隊列の後を追うようにトレースをたどる。左に回り込んでいくとかなり上の方まで見渡せるが、稜線はまだまだその奥である。武能岳側からのブロック雪崩に注意する。昨年5月末に、同期のTが所属する東京こぶし山の会パーティーが、ブロック直撃で死者を出した。右岸の堅炭尾根側斜面では雪訓に適している。どこかの山岳部の連中が一生懸命滑落停止訓練に励んでいた。その先、ちょうど雪訓用の滑落防止溝が掘ってあってドッカと腰を下ろす。朝日岳、巻機方面の山々に見入る。今年は雪不足だが中腹以上は例年と同じながめだ。両岸狭まった通称“ノド”が近づく。傾斜は急になり暑さも加わってペースダウン。後ろの山々を振り返り眺めつつゆっくり登る。ノドのずっと上の乾いた岩の上でもう一度休む。

 最後はカール状に広がった急登が待っていた。もう尾根を歩いている人が見える。一ノ倉岳直下の雪が消えた笹原にカモシカが立っていた。岩混じりのところをガラガラと大きな音をたてて走った。グリセードで下っていく連中をうらやましげに思いながら小雪庇を乗り越す。陽が高くなり万太郎山、仙ノ倉山方面がかすんで見える。遅れた高橋がはい上がってきて「両足がつってしまった」とショゲていた。半年ぶりの山だというから無理もない。一ノ倉岳までいって大休止。昼寝混じりにグテッとしてしまった。

 あまりの陽気に茂倉岳ではさらに昼寝を2時間。動きたくなさそうな高橋を促し、さて茂倉小屋でゆっくりしようやと茂倉新道を下りてみるが、小屋が見つからない。どんどん下っていき、登り返すのが嫌になるほど降りてしまった。残雪で埋まるような場所に小屋があるはずはないと思うのだが…。しかし、正確な位置を把握していなかったことも失敗だった。結局、ダレた体にむち打って長い茂倉尾根を土樽駅へと下る。くねった木の根が道を覆って歩きづらく、残雪で足をとられるはで散々大汗をかかせられた。駅で泊まって翌日の一番電車で帰京した。

 【コースタイム】 (5/5)土合5:50 芝倉沢出合(国鉄巡視小屋)7:00〜10 旧道7:20 芝倉沢8:00 大岩上8:32〜9:00 稜線11:05〜15 一ノ倉岳11:20〜12:20 茂倉岳12:33〜14:30 矢場ノ頭15:37〜50 林道17:33〜50 土樽18:15

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