北アルプス・槍ヶ岳硫黄尾根



1990.12.30〜1991.1.2 森廣、永瀬、佐々木、武生、吉田
 12月30日(晴れ) 未明の大町駅は登山者でごったがえしていた。すぐ警察官と登山指導員に呼び止められ、計画書を求められる。昨日、大天井岳で滑落事故が発生してピリピリしているようで、こちらも緊張感に満ちてしまう。雪は2、3日前に降ったのみという。タクシーで七倉に行くと、新しい登山指導センターがある。計画書をみるとほとんど北鎌尾根で硫黄尾根は数パーティーのみ。七倉ダム上のトンネルを抜け、トレースをたどると今日の幕場である湯俣に午前中に着いてしまったが、できるだけ上まで登ることにする。千丈沢にかかる吊り橋を渡り、左岸沿いにトラバースしていくと、硫黄尾根の取り付きと思われる平坦地に幕跡がある。上に行くトレースはやはり、硫黄尾根パーティーのものだった。ラッセルされた急登をひたすら頑張るだけだ。先行者はワカンを使っており、こちらは楽をさせてもらう。稜線がやせてくると目の前に突然、岩峰が現れた。硫黄岳ジャンダルム群の始まりである。2峰の肩あたりが泊まり場かと予想していたが、確実性がないので5分ほど戻った平坦地でツエルトを張る。

硫黄岳から西鎌尾根遠望 12月31日(晴れのち曇り) 天気予報は今日いっぱいの好天を告げている。風もなく穏やかな日和だ。今日中にできるだけ核心部を越えておく必要がある。第1峰は吉田君にシュリンゲをセットしてもらい、つかまって登る。2峰、3峰は雪のついていないガラガラの下りがいやらしい。古いフィックスロープがあるが、切れそうであまり頼りにならない。広い6峰頂上は気持ちがいいところで、北鎌尾根の眺めがすばらしい。これから向かう硫黄岳は、かなりのアルバイトを強いられそうだ。小次郎のコルに下り雪壁状の急登となるが日差しが暑いくらいだ。風でトレースは消えかかり硫黄岳までワンピッチ以上かかる。風の強い頂上からゆるやかに下り、登り返して硫黄台地に着くと赤岳ジャンダルム群が見渡せる。複雑に折り重なってどこがどうなのかわからない。その向こうにべっとり雪をつけた量感のある西鎌尾根(写真)。いかにも遠いなあという眺めだ。台地の幕場跡でお茶を湧かしていると、早くも悪天を告げる雲が流れてきた。

赤沢岳前衛8峰から主峰群 次の悪場・雷鳥ルンゼへはガラガラの岩場を下れるところまで下る。左の尾根状をからんで下降すると支点があり20mの懸垂下降となる。軽量化でエイトカンをもってこないので肩がらみとなった。左にトラバースして細い岩稜を下ってコルに立つと、南峰にはひと登りで着く。行く手は黒い、あるいは赤茶けた赤岳ジャンダルム群が間近に連なっている。1、2峰とも右手から雪の斜面をトラバースして2、3峰間の雪のコルに出る。ここから連続する岩稜の登下降を繰り返す。ほぼ稜線上だが、手強い部分もある。6峰(?)の下りでは2回の懸垂下降をする。コルに降り立つ手前も落石しそうになりヒヤッとした。7峰は右を巻き気味にからみ、8峰はそのまま直上したので、ピーク左からの懸垂下降となる(写真=下降点から赤岳主峰群)。吉田君はフリーでさっさと下って中山沢のコルからこちらを見ている。コルでツエルトを張っていると、2人パーティーがピーク西側のコルからルンゼをノーザイルで下りてきた。後ろに続いているのは女性だった。すっかり雲に閉ざされ夜半から風雪となる。

 1月1日(雪) 停滞も考えたが本当の核心部が残っているので前進する。2人パーティーは停滞か動く気配がない。赤岳主峰群1峰の左手から延びる岩稜に取り付いて右のルンゼ状に入り、さらに雪壁を左にトラバース。ザイルがほしくなるところだ。稜線に出て一度湯俣側から雪のつまったルンゼを詰め、再び稜に出る。岩壁にさえぎられたところを右凹状から登っていくと1峰頂上だ。ガスと雪の中、方向を確認して下りかけるが、急なので15mの懸垂下降となる。広くなった尾根をラッセルしていく。2峰から尾根は細い雪稜となり気が抜けない。ベタ雪で気温が高くウエアにしみこんできた。白樺台地を過ぎ、いよいよ西鎌尾根へ最後の登りだが、両側すっぱり切れ落ちて意外と嫌らしいところだ。一度、足元から雪庇がドーンと大きな音とともに崩壊して肝をつぶす。あと数センチ内側から崩れたら一緒にもっていかれただろう。登るにつれ風雪が強まり体が急速に冷えてきた。西鎌尾根に出てからひどくなり、湿った雪が体に付着して融けていく。ピッケルバンドにはエビノシッポ状に氷が付いていく。たまらずツエルトをかぶって休憩するも、靴の中までグショグショに濡れておりかえって寒い。新しい手袋に代え、とにかく先を急ぐ。できれば肩の小屋に飛び込みたいところだ。1時間前進するが岩稜っぽくなってきたので、岩陰の雪庇上を整地してツエルトを張る。全員ズブ濡れのビバークなる。永瀬氏はふるえが止まらず夕食抜きで寝てしまった。

 1月2日(曇りときどき雪) 朝のラジオでは3日から本格的荒天と予報しており、今日中に下山を決意する。気の抜けない岩稜を1時間で千丈乗越に着き、風の弱いところまで下って休む。やっとホッとする。もとより槍ヶ岳頂上には未練がないので飛騨沢をさっさと下り、白出小屋でお茶をわかして大休止。新穂高温泉では期待した温泉が村営の宿でも断られ、結局、平湯までバスで行って共同風呂に入った。とりあえず富山駅に出て夜明かしし、青春18切符でしぶとく長岡経由で帰京した。

 【コースタイム】 (12/30)七倉7:10 湯俣11:30 硫黄尾根取付11:50〜12:15 硫黄岳ジャンダルム群手前15:40〜(12/31)6:35発 6峰7:50〜8:05 硫黄岳10:30 硫黄台地10:55〜11:50 南峰13:05 赤岳ジャンダルム群1、2峰コル13:30〜13:45 中山沢のコル16:10〜(1/1)7:05発 赤岳主峰群1峰8:15〜30 4峰すぎ9:50〜10:50 白樺台地11:00〜11:15 西鎌尾根12:30 ビバーク地 14:30〜(1/2)8:00発 千丈乗越9:00 槍平小屋10:40〜10:55 白出小屋12:40〜13:25 新穂高温泉14:35



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