「弥三郎の母」

 「弥三郎の母」という伝説は各地に類話が見られる。山形県高畠町に伝わる話では、弥三郎の母が鳩峰山に天から降りてきた猫ということになっている。猫が出てくるのは最初の部分だけであるが、夢の中で「首に玉の輝いている猫が天から」降りてくるという、幻想的な書き出しの伝説である。

 「この地に弥太郎という豪族がいた。ある夜、弥太郎は夢の中で、首に玉の輝いている猫が天から向かいの山に降りて来るのを見た。巫女に占ってもらうと、東の方の山に行って狩りをすると、よい獲物があろうという。そこで、鳩峰山に狩りに行くと、おおぜいの天女が琴をひいている。天女は天に舞いあがったが、一人だけ地上につかわされたといって残った。弥太郎は、その天女を妻にした。名を岩井戸といった。(後略)」(佐藤義則「出羽伝説散歩」1976)

 岩井戸は弥三郎を生んだが、のちに空を飛んで弥彦山に入り夫婦の守り神となった。そして最後は村に戻って旅人の道案内をする道祖神になったと伝説は結んでいる。弥三郎が白い狼の群れに襲われそうになり、狼使いの白髪の老女の片腕を切り落とし、持ち返って母に見せたらそれは自分の腕だと言って弥彦に飛び去ったという。ということは、弥三郎の母は猫でもあり狼使いでもあったということになる。

 鳩峰山とは、米沢盆地東部にある標高500〜800mの鳩峰高原を指す。麓の高畠町亀岡には「犬の宮」と、かつて養蚕農家の信仰を集めた「猫の宮」もある。犬の宮は、高安の山奥にすむ古狸から人々を守るために戦って力尽きた2匹の犬をまつる。猫の宮の方は、その古狸の血を吸って大蛇となった毒蛇を命がけで退治した猫をまつったとされる由来が残る。現在は、ペット供養や健康祈願を願うお宮となっている。