猫山ルーツ考

十二支はずれで不運の猫

 山名と動物等の関連は、日本では十二支の山に代表されるであろう。十二支の山を紹介する本も出版され、その年の干支の山を登ることを楽しむ人も多い。中でも駒ヶ岳は人気があり、全国に20近くある駒ヶ岳を巡る愛好会まである。駒ヶ岳や駒形山などには、農耕のパートナーとしての馬(駒)の雪形を山に見いだし、農作業開始の目安にした山麓の人々の思いがあり、山名の重みを感じ取れる。猫はどうかというと、人間とのつきあいもほかの家畜等に劣らず長いのだから、それなりに山名や伝承に猫はかかわっているはずだろうと思うのが自然である。しかし、ネズミの策略?で十二支に入り損ねたためか、山との関係でも暗い影がつきまとい不遇をかこっているようだ。

猫山ミステリー
 「猫」の字がつく山を思い浮かべてみよう。登山者側から挙げるとすれば、まず「猫又山」だろう。北アルプス剱岳北方稜線と後立山連峰の白馬岳西尾根上に、それぞれ同名の猫又山がある。また、スキー場で有名になった東北・会津の「猫魔ヶ岳」も、その特異な山名からよく知られるようになった。猫又・怪猫伝説に基づく山名ではあるが、ふたつある猫又山のうち猫又伝説があるのは後者の方で、前者の方は意外にも伝説とは関係ないのだという。「ネコは峰の意、マタは間とか二つの谷」という意味と説明される。しかし、現実に伝説と無縁とされる方の猫又山から発する猫又谷下流や周辺の山で、地元の人や登山者が野生化した猫に襲われるという事件が起きた事実があることからも、山名と山猫との少なからぬ因縁を感じざるをえない。魔性とされる猫ならではのミステリーではある。

化け猫伝説の背景
 山名に「猫」の文字がないが、猫の伝説や民話のある山も、恐ろしいイメージが先行している。『遠野物語拾遺』に登場する化け猫キャシャ(笠通山)、『北越雪譜』の泊まり山の大猫(飯士山)、志津倉山の怪猫カシャ猫、重倉山の人食い猫股、四塚山の化け猫など、猫は忌み嫌われた存在で伝承説話に登場する。化け猫伝説は、東北南部から越後、北陸に多く、野生化したらしい猫が人を襲ったという話も本州中部の日本海側になぜか集中している。このため化け猫伝説の背景に、野良猫とは違う野生化した猫の存在がないとは言えないとした猫研究家もいた。事実として語れる古老はもういないかもしれないが、点と線を結びつけてみる試みは面白そうだ。(カシャ、キャシャは火車で、火車婆=悪心の老婆=オニババのこと。伝説では、老婆が化け猫になることが多い)

猫山の当て字
 「猫」の字のある「猫山」「猫岳」等という山名については、実際の猫とは関係のないことがほとんどだ。「猫」の字のほとんどは当て字だからである。ネコは「根処」で、根は根際(ねき)の転、処は小高い所(峰)とされ、山の根際や小高い所をさす。例えば、「猫淵」といえば、「岩崖の根際にある淵」とされるのである。また根子氏の領地という意味だったり、戦国時代のある武家が占拠した山城のある集落をネコという場合もあるようだ。実際の猫とは縁がない山が多い中で、東北の「山猫森」は興味ある山名である。『日本山岳ルーツ大辞典』では、その名のとおり「どう猛な山猫の棲む山」と文字通りに解釈している。この山の周辺でも、実際に野生化した猫に襲われた農民や猟師などがいたのだろうか。虎毛山という名の山が、谷を隔てて対峙しているのが妙に気にかかる。野生化した猫には長尾の虎毛が多かったといわれ、最も嫌われたのも虎毛の猫なのである。

祀られた猫
 猫が祀られた例がないわけではない。ネズミを獲ることから養蚕の神の使い姫が猫で、長野県には猫碑の建つ山村がある。それが山頂にあったり、山名になったりしないのは、山との直接の関係でないのだから仕方ないことだろう。養蚕の神を祀った臼杵山頂(東京都)の狛犬が猫という説もあるが、確たる史料に乏しいため定かではなく、猫の得意技?でいつのまにか化けてしまった感が強い。

賢治の山猫
 文学上で猫と結びつく山は岩手県の「猫山」だ。山猫を一躍親しまれる存在にしたのは宮沢賢治で、『どんぐりと山猫』の舞台は早池峰山(岳川上流と薬師岳)とともに、この山の周辺とされている。童話の山猫は、賢治研究書によると「里猫に対する山猫」という位置づけのようだが、『注文の多い料理店』の人を食おうとする山猫でさえも、憎めない存在に仕立て上げられているのは、賢治童話の魅力である。面白いことに、この猫山の「猫」は文献によっては前述したように当て字説と、猫に見立てた形の山とする説がある。虎や牛が伏した形状とした山はあるが、猫に見立てた山はこの山をおいてない。虎毛山もまた、どこから見ても虎か大猫が寝そべっているような山容をしているため、山名に考慮された可能性は強い。


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