ネズミ退治の山
 たたら製鉄が盛んだった中国地方にあって、“全山鉄の山”の猫山(1196m)は、「猫山三里がわいていた」「同じ住むなら猫山三里」といわれるほど周辺域に活況をもたらした。その山名は『日本山岳ルーツ大辞典』によると、「猫の寝姿に似ているところから付いた山名か」とあるが、『西備名区』には次のような由来を記している。

 「猫山 此山高き事五十余町、周廻三里なり。伯州大山を眼下に見る絶景なり。里諺に云、米皮俵を背おふて一日の中に三度廻り猫の真似をすれば山中の石悉く化して猫となる。よって山に名付くと云」

 従って、「猫山は全山が化け猫の山で米を食い荒らす鼠に悩まされていた農民を守る猫神民間信仰の山であったことが推測される。(中略)この猫山は鼠殺しの猫、鉄山の富の招き猫など、さまざまなイメージが重なる。鉄は山岳修験とも関係し、標高約900メートルのルート脇の岩穴には山岳修験の祖役小角に関係する石仏三体が祀られている。猫の妖刀、役小角、鉄。これらが純朴な里人の手にかかると、鼠退治の山になるから面白い」と『広島県百名山』(1998、中島篤巳)で解説されているように、“猫山”としての奥深さを秘めた山の一つである。

 『国郡志書出帳』にも「猫に似た石があってネズミが暴れない」とあり、山麓の集落・坂井谷に残る猫塚が往時の猫神信仰を偲ばせる。この猫塚については、「猫を捨てる場合、谷に捨てれば戻ってこないという俗信がいくつかの地方に残っているが、そのひとつだったのだろうか」(『猫まるごと雑学事典』)と推測する向きもある。猫神信仰からするとむしろ逆で、猫塚はネズミ退治に活躍した猫を手厚く葬った場所ではあるまいか。ただし古猫が化け猫になるのを恐れて、飼い猫に年期を言い渡す習慣がこの地方にあったとすれば、前記の解釈は成り立つかもしれない。