権現堂の猫岩

 「守門村の須川にむかし子供のいない老夫婦が住んでいた。一匹の烏猫(全身真っ黒な猫)を飼い、とてもかわいがっていた。爺さんは権現堂山へ山仕事を行くときは、いつも猫も連れていった。爺さんが薪をとったりする間、山中を歩き回って遊んでいた。そのうち猫も権現堂山がすっかり気にいったらしく、ある日の山仕事のあと、爺さんが呼んでも姿を見せなかった。爺さんは沢から峰まで猫を呼びながら探し続けたが猫は現れなかった。

猫岩と登山者
 猫岩と登山者。背後は上権現道山

 数十年たち、一匹の烏猫がむかし山で行方不明になったことなどすっかり忘れられていたが、その一方で権現堂の山の中に真っ黒い大きな猫又がいることが知られていた。すでに神通力を持ち、化け物になっていた烏猫は、人の死体をさらって空を駆ける怪猫になっていた。その猫又は遠く弥彦山の方まで空駆け、途中棺から死体を抜き出すなどもした。

 悪事が目にあまったため権現堂山の神、九頭竜大権現にこらしめられ、その猫又はとうとう岩にされてしまったという。それが現在もある猫岩だとか。」 参考:磯部定治『ふるさとの伝説と奇談〈下〉』(野島出版 1999)

猫岩頂上
 
猫岩頂上と上権現堂山

 権現堂山に二つある猫又伝説のうち、猫岩(1008m)の由来となるものである。猫岩は上権現堂山(998m)よりも唐松山(1,079m)に近い尾根上に位置する。この伝説の猫又は、弥彦山の方まで空を駆けたり人の死体をさらったりするあたりが、弥彦山の猫多羅天女の伝説や『北越雪譜』に登場する火車となった大猫の話とだぶる部分がある。ただ、山仕事に一緒につれて行かれた猫が、山が気に入って遊び歩いたあげく猫又になるという設定は独特で、烏猫の猫又はほとんど熊のようだったのではないだろうか?

猫岩遠望
 
手ノ又登山道から猫岩を見ると猫がうずくまっているように見える

 守門村にはこのほか、山を越えて栃尾へ向かう石峠に棲んでいた猫又が、麓の鎮守様のお祭りに姿を見せたという伝説もある。こちらは何も悪さはせず、ただ踊りたいがために人に化けて里に出てきただけというから愉快だ。山暮らしの猫又も、たまには人恋しくなるものと思われる。