猫又に食われた猟師

 権現堂山の猫又伝説はなかなかユニークである。化け猫の猫又が人を襲うのに、さらに怪物婆さんに化ける。その特徴は、@ぼさぼさの髪を肩まで垂らし、Aぎらぎら光る目、B足音がぜんぜんしない、C相手が鉄砲を打つまで手をださない、D襲うときはガオーッと虎のように叫ぶ、ことだ。猫又そのものは巨大で身の丈三尺もあった。村の老人が教える化け物の弱点は「人間の目に見えるところは実は空(から)で、化け物の正体が隠れているのはその下の方の陰の中にいる。鉄砲をぶっ放すときは陰を狙うべし」という。こんなことを知っている老人も不思議な存在だ。伝説のあらすじは次のとおりだが、元文では猟師と化け物の駆け引きに引き込まれる。

 権現堂山の麓に近い村に、重蔵、勇蔵、俊蔵という三人の猟師の兄弟がいた。三人は仲が良く権現堂山に小屋がけしては猟をしていた。

 あるときどういうわけか重蔵が一人で小屋に泊まっていた。すると何とも異様で恐ろしい形相の婆さんが戸を開けて入ってきた。「苧(お)を績(う)みにきた」というので迎え入れると、婆さんは背中を丸め、ぼさぼさの髪を肩まで垂らし、ぎらぎら光る目であった。化け物と気づいた重蔵は用足しのふりをして外へ出て、戸口のすき間から鉄砲で婆さんの背中をめがけてぶっ放したが、婆さんはビクともしない。はてと思って次の弾丸をこめてもう一発ズドン。婆さんは戸口を振り返って不気味にもニカニカと笑った。三発目の弾丸をこめようと、ちょっと目をそらした。そのときガオーッという叫び声とともに戸が押し倒され、重蔵の喉笛に鋭い爪をたてたのは身の丈三尺もある巨大な猫又であった。

 権現堂山には昔から大きな猫又がいて人間が襲われることがあると、麓の村では恐れられていた。それまで猫又に出くわしたことがなかった重蔵にとって最初に出会ったことが最後となってしまった。

 二人の弟は兄の帰りが遅いので心配し、次兄の勇蔵が小屋にでかけると、無惨にも兄の着物や体の一部が血の中に散乱していた。驚いた勇蔵が小屋の周りを調べてみると大きな猫の足跡を見つけた。

 猫又の仕業と知った勇蔵は仇討ちのため小屋に泊まり込んで、猫又の現れるの待った。待つこと二、三日、果たして件の怪物婆さんがやって来た。化け物は同じことを繰り返すと聞いていた勇蔵は、兄のときもこれと同じだったんだなと思いながら、兄と同じように迎え入れた。しかし、勇蔵は兄と同じ失敗を繰り返すだけだった。

 兄弟が二人も食い殺されたことは村の人々は大きな不安を与えた。三人目の俊蔵も仇討ちでまたやられるのではと心配する者もいた。そんな一人にある老人がいて、俊蔵に「鉄砲を撃つときは化け物の正体が隠れている下の方の陰を狙ってぶっ放せ」と注意してくれた。

 若い勇蔵は勇み立って山の小屋に出かけると、やはり婆さんが現れた。兄二人がとったであろう行動はおよそ想像できるので、その通りに振る舞った。外にでて老人に教えられたとおり、婆さんのかすかな陰を狙って一発ぶっ放した。とたん、ギャッという鋭い悲鳴。瞬間、婆さんの姿は消え窓から黒い固まりが飛び出した。素早く追った俊蔵の目に足を引きずりながら逃げていく猫又が見えた。再び狙いを定めて引き金を引いたが、命中したかどうかはわからなかった。しかし、権現堂山に猫又が出没するといいううわさはこのとき限りで聞かれなくなったという。 参考:磯部定治『ふるさとの伝説と奇談〈下〉』(野島出版 1999)

 権現堂山にはもう一つ猫又伝説がある。猫岩(1,008m)の由来となるもので、山で行方不明となった飼い猫が猫又となって悪さをし、権現堂の山の神にこらしめられて岩に姿を変えられたという話。同じ山に二つも猫又伝説があるのも珍しい。