台湾旅行Ⅱ
飛行機の遅れ
2011年4月30日~5月3日に台湾を旅行した。
一昨年の12月にも行ってるので、台湾は2回目だ。(前回の旅行記→やかんも台湾で考えた)
今回は一人旅でなく、久しぶりに友人と一緒の旅行だ。
1日目は成田空港から飛び立って、その日のうちに新幹線に乗って高雄まで行くという予定だったが、機体に不具合が見つかって、3時55分の出発予定が2時間半も遅れた。
何とか飛び立ったが、果たして台北発高雄行きの新幹線に乗れるのか心配だった。台北の空港に迎えに来ていた現地ガイドの林さんも、半分あきらめかけていたが、空港からタクシーを飛ばして、最終便に間に合った。
高雄・台南観光
5月1日、午前中高雄観光。昨日は我々2人も含めて6人だったが、5人が加わって11人のツアーになった。ガイドの謝さん(女性)は昨日、ホテルに行く途中もパンと飲み物をくれたが、今日は皆にバナナとお菓子を配ってくれた。何とサービスの良いガイドさんだ。
高雄は港町だが、寿山公園に上って、下をみても霧がかかって港はよく見えなかった。三鳳宮はよく見る形の神社だったが、蓮池潭は龍の口から入って虎の口から出る造り物があって変わっていた。途中つづら折りの橋を渡っていく。
昼食は台南で食べた。小吃(シャオチー)といいながら、少しずついろんな種類を食べたのと、ビールも飲んだのでお腹が一杯になった。台南では赤崁桜(オランダ占領時代の遺跡。ツーカンロー)、孔子廟などを見た。
鄭成功がオランダ人を破ったこと等は近松門左衛門の「国姓爺合戦」に描かれているとか。帰国したら台湾史の本をもう一度読んでみたくなった。
台南から15時49分発の新幹線で台北に向かった。台北のホテルに着いた後、友人に誘われて、士林夜市に行った。小雨だったが、気にならない程度の降りだった。
九份・野柳観光
5月2日、旅行3日目は自分だけフリープラン。一昨年台北の市内観光は経験済みなので。
九份(チョウフェン)に行くつもりだったが、九份だけだったら、昼ちょっと過ぎに終わりそうだったので、同じ方向ということで基隆(キーロン)を回って、それから野柳(イエリョウ)にいくことにした。
九份には瑞芳まで、特急列車で行き、そこからタクシーで九份まで行くことにした。
列車の切符の買い方は「筆談用カードを利用しよう」とガイドブックに書いてあったので、その要領で紙に書いて、切符を買った。
台北から九份まで特急で約40分の距離なのだが、59元(約230円)という安さに驚いた。もっとも座席が取れなくて、ずっと立ちっぱなしだったが。(切符を買うときも窓口で「Standing」と言ってくれたので、座席が一杯だったのはすぐ分かった。)
瑞芳駅から九份までのタクシー代は一律180元(約400円)だった。交通費はものすごく安い。そう思って、基隆から野柳までもタクシーで行くことにした。
九份は、狭い通りに店がびっしり並んでいて、観光客でごったがえしていて、昨晩行った士林夜市みたいな感じだった。ちょうど昼食時だったので、芋圓というぜんざいみたいなものを食べた。日本のぜんざいと違い、それほど甘くなくて、おいしかった。
昨日と同じく時々小雨がぱらつく天気。台湾はちょうど今が梅雨だ、とツアーのメンバーが言っていたのを思い出した。基隆の中正公園までは駅から歩いて行った。中正公園は蒋介石(中正公)に因んで名づけられたのだろう。
基隆市内からタクシーを拾って、野柳まで行った。このときも紙に「野柳」と書いて、運転手に行先を示しただけ。野柳に行く途中も帰りのタクシーが拾えるかどうか不安はあった。何しろ海沿いのかなりひなびた道を通っていったから。基隆から野柳までのタクシー料金は357元(約1400円)。
野柳地質公園で奇妙な形をした岩の景観を楽しんだ後、タクシーを拾おうとしたが、タクシープールは見つからなかった。流しのタクシーもないし、もちろんバス停の場所もバスの乗り方もわからない。野柳に来る観光客はほとんど大型の観光バスで来ているようだった。
公園も閉園の5時を過ぎて、だんだん暗くなってくるし心細くなってきた。
その辺をうろうろしていると、道端に椅子を出して座っている2人組がいたので、タクシーはないか聞いてみたら、近くのコンビニへ行けとのこと。コンビニの店員に英語で話したら、通じたので店からタクシー会社に電話してもらった。すぐに来るという話のようだったが、30分近く店内で待っても現れない。
もう一度、店員にタクシー会社に電話してもらったら、タクシーはないということがわかった。そうしているうちに、もっと英語のできる女の人が現れて、「台北まで帰るのか」と聞いてきた。「そうだ」と答えると、「台北行きのバスが50分置きくらいにあるので、それに乗ればいい」とのこと。
「しかし、バス停はかなり離れているんでないか」と聞くと、今度はスクーターに乗った、がっちりした感じの男の人が現れて、バス停まで乗せていってくれることになった。スクーターの後ろに乗せてもらって、バス停まで行ったが、歩けばかなり時間がかかりそうな距離だった。
そのバス停も日本のバス停のイメージと全然違って、何か看板のようなものがかかっているだけだった。最初、そこがバス停なのか信じられなくて、その男性に聞くとナントカというバス会社が運行していて、間違いがないとのこと。話しているときに、ちょうど運良くバスが来て乗り込むことができた。料金は前払いで、100元だった。
その男の人に「シェシェ」と、礼を言って分かれた。
長距離の乗合バスなので、あちこち停車しながら、途中、高速にも乗って、台北に無事到着した。降りる直前になって、乗客の1人の中年の女性から日本語で話しかけられ、英語が書かれた紙片を手渡された。
そこには、自分の息子も交換留学生として、現在、日本にいるので、困ったときがあったら、日本の人に助けてもらいたい、と思っている。だから、あなたも台湾にいて、困ったことがあったら助けてあげたいと書かれていた。携帯電話の番号が書き添えられていた。
野柳のバス停で、バスに乗り込むときの様子(スクーターの男性がバスの運転手に大きな声で何か説明していた)から、こう思ったのだ、と思う。
台湾の人達は皆、親切だ。
特に野柳では、コンビニ(セブンイレブン)の店の人をはじめ、何人かの人の助けがなかったら、どうなっていたか分からない。
また、自分も、もういい歳なのに、いつまでもこんな危なっかしいことをして、と少し反省した。
翌日、台北発成田行きの飛行機で日本に帰国した。