喜多:売れてるなあ。
弥次:売れてるねえ。
喜多:買っちゃったのか。
弥次:買っちゃったよ。
喜多:面白いのか?
弥次:…。
喜多:なんで黙るんだよ。
弥次:読み始めた時は、嗚呼、エエ話やなぁと思ったんだけど。
喜多:電子メールで世界中を駆けめぐった感動の物語って聞いたけど。
弥次:「世界には63億人の人がいるが、それを100人の村に縮めるとどうなるか。100人のうち52人が女性で48人が男性です」というように世界的な統計を身近な数字に置き換えて提示してくれている本で、貧しい人が何人とか、病める人が何人とか、ただ数字だけを、それも判断しやすい数字として突きつけられるとドキッとするんだよな。
喜多:東京ドーム何杯分のビール消費量とか、東京タワー何個分の高さとか、そういうものか。
弥次:似たようなものかなあ。でも、ドキッとするのは、この本の半分ぐらいまでだな。
喜多:後半はどうなるんだ。
弥次:宗教なんだよな。それもキリスト教的博愛主義。
喜多:どの辺が?
弥次:結局、この村の、汝の隣人を愛せよという結論になってくるんだよ。生きていることは素晴らしい、みんな仲良くしましょうねって。
喜多:小学校の頃に見たNHK教育テレビみたいだ。
弥次:そのあたりの説教臭さが鼻につくんだよなあ。ただ数字が並んでいただけの方が、よっぽど説得力があって、読んでいる人の想像力をかき立てると思うんだがな。
喜多:この話は、電子メールで人から人に送られていく間に、様々な話が付け加えられたんだろ。
弥次:そうらしいな。
喜多:きっと、キリスト教の牧師さんが付け加えたんだよ後半は。現実に世界は救いと平和を求めているから、いいんじゃないの。
弥次:それにしても、マガジンハウス社はいったい誰に原稿料を払ったんだろ?
喜多:元手いらずで大儲けなのかなあ。
弥次:インターネットの民話、フォークロアという意味で“ネットロア”と呼ばれて、誰が書いたって限定できないんだよな。
喜多:“ネットロア”? まるで悪の組織みたいな名前だな。
弥次:帯には「世界中を感動でつつんだインターネットの民話」と書かれているけど、オイラはインターネットの神話として、ネットを神格視してるようで怖いな。
喜多:“ネットロア”はやっぱり悪の組織なんだな。
弥次:世界中の人がインターネットを介して、ひとつのものに感動するって、一歩間違えばファシズムだぜ。感動の押し売りというファシズム。
喜多:見えない回線の世界で密かに洗脳が始まっている。映画の「マトリックス」みたいだな。
弥次:アメリカの報復攻撃以来、世界はアメリカ的なもので満ちあふれている気がしてならないんだけど。
喜多:なあ、世界がもし100人の村だったら、平和なんだろうか?
弥次:そんなわけないことは、歴史が証明してるじゃないか。
喜多:いずれにしてもこの本のブームは一過性のもので、すぐに忘れ去られるさ。
弥次:自信たっぷりだね。
喜多:だって、感動の押し売りだろ。だったら「一杯のかけそば」じゃないか。
弥次:あ、なるほど。
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