ウラディミール・アシュケナージ
ジョン・オグドン

Vladimir Ashkenazy
(1937-)
John Ogdon
(1937-1989)

    アシュケナージとオグドン。ともに1962年チャイコフスキーコンクールにで同時1位を分かち合い、その後明と暗に分かれた感のある二人である。

 ピアノの初学者や音大生に人気のあるアシュケナージだが、ピアノのマニア方面では全然人気がない。まぁ確かに最近の彼の演奏(特にショパン全集以降)はなにやら開き直ったようなふてぶてしさが感じられて私も決して好きではないのだが、彼のレパートリーの膨大さとライブでたまに見せる凄い演奏があるという事は評価されてもいいのではないだろうか。例えば一回目のベートーヴェンの「ハンマークラヴィア」。若々しい溌剌とした演奏で昔よく聴いたものだった。リスト作品集、ショパン練習曲のメロディア録音、リャードフ、ボロディン、タネイエフといった録音も決して悪いものではないと思う。1回目のラフマニノフのピアノ協奏曲3番も今とはまったく違う演奏だった。またラフマニノフの「コレルリ変奏曲」も今なお名盤として聴かれるに値する演奏であろう。またアンドレ・プレヴィンのピアノ協奏曲はアシュケナージに捧げられており初演、録音も行っている。
 大体アシュケナージの目つきが若いころに比べると「普通」の人になってしまった。若いころのアシュケナージの写真には何か憑かれたような妖しさがあったのだが、最近は憑き物が落ちたように落ち着いた普通の雰囲気になってしまっている。マニアにとってアシュケナージの演奏は可もなく不可もなくといったところなのだろう。これだけ有名なピアニストにもかかわらず海賊盤がこれだけ少ない人も珍しいのではないだろうか。私はむしろアシュケナージはライブの海賊盤(特に若いころの)を聴いてみたい。きっと万人のイメージするアシュケナージと違うと思うのだが、如何なものだろうか?

 一方ジョン・オグドンを語るとき絶えず付きまとうのは冒頭でもあげた1962年チャイコフスキーコンクールにおけるアシュケナージと一位を分け合ったという言葉であろう。アシュケナージがその後クラシックの表舞台を「正統的」に歩んで行くのに対してオグドンは精神を病み、それでもなおアルカン、ブゾーニ、シェーンベルグ、メシアン、スティーブンソン、ソラブジといった複雑にして超絶技巧を要する作品に取り組み、1988年ソラブジの大作「Opus Clavicembalisticum」の演奏、録音を行い翌年肺炎のため急逝した。その後の録音予定にはソラブジの「100の超絶技巧練習曲」が入っていたという。ブゾーニの大作「ピアノ協奏曲」で国際的評価を得、ソラブジに行きついたその人生は何やらアシュケナージと反対の道を辿っていったオグドンらしく、興味深い。また自身も作曲もこなし「ソナタ」や「ピアノ協奏曲」の演奏、録音もある。
 彼は大抵の曲は初見で演奏することができ、アルカンの難曲「ピアノソロのための協奏曲」などでもほとんど練習無しに演奏したということである。そのためか、大雑把な印象を与えるものも少なくない。しかし彼の魅力は作品一曲を大掴みしたような構成力と理知的なアプローチにあり、それはショパンの「第3ソナタ」のような有名曲でも発揮されている。また、比較的練習したと思われる(?)バルトークの「ピアノ協奏曲3番」では時に繊細な作品の襞に分け入っていくかのような表現が見られる。私はオグドンはやはり20世紀を代表するピアニストだったと思う。

 アシュケナージとオグドン。この相反するような二人であるが実際のところは仲がよかったようでオグドンは自作の「変奏曲」をアシュケナージに捧げている。現在アシュケナージは「オグドン協会」に支援を行っているということである。

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