The World of Japanese Cinema Music

作曲
 
黛敏郎 芥川也寸志 武満徹 他
 
  私が中古レコード屋でチェックするのは勿論クラシック音楽コーナーがほとんどでジャズや純邦楽などのコーナーは時間があれば物色する程度あるが、サウンドトラック、サントラコーナーは必ずチェックすることにしている。映画が好きなのもあるのだが映画音楽は私の音楽体験の最も大きな転換を与えてくれたものだからである。例えば私が武満徹の名前を意識したのは中学の頃深夜に放送した「砂の女(勅使河原宏監督作品)」であったし、芥川也寸志の「八つ墓村(野村芳太郎監督作品)」のサントラはレコード屋で探したものである。映画音楽作曲家というのは武満徹も言っているようになかなか難しい仕事である。まず、物理的な時間制限、編成制限そして録音が必ずしもベストの状態で行われない、など大変なようである。金を注ぎ込んだ大作ならともかく、映画最盛期映画会社の大量生産期を経た作曲家たちの努力は並々ならぬものであったと察せられる。
 映画音楽作曲家というものには二つに分類される。武満に代表される現代音楽の作曲家であり映画音楽を書く人、そして映画音楽専門の作曲家の二種類である。日本では映画音楽自体が低く見られており前者の作品ですら「本業の片手間」に書かれたものという認識が未だ通っているところがあり、後者映画音楽専門の作曲家にいたってはほとんど顧みられる事ががない。これは実に残念なことである。海外では映画音楽作曲家の地位は高く、古くはプロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ウォルトンからマンシーニやニーノ・ロータのような前者に近い人、そしてバーナード・ハーマン、エルマー・バーンスタイン、ジェリー・ゴールドスミス、ジョン・ウィリアムズ等など錚々たる顔ぶれが堂々と映画音楽作曲家として認知されその地位を確立している。日本で最も有名な映画音楽専門の作曲家は佐藤勝氏くらいしかいあがらないのではないだろうか。
 本CDはかつてLPで出ていた日本の映画音楽作曲家のシリーズを未収録曲を足して作られたベスト盤である。どれも素晴らしいが一つ一つ書くと長くなるので特に私の好きな作品をピンポイントで解説しよう。八木正生の「雪乃丞変化(市川崑監督作品)」はスーパーモダン時代劇に相応しい気だるい雰囲気のジャズ。増村保造の文芸作品から「ゴジラ対へドラ(坂野義光監督作品)」のサイケロックのケッサク「かえせ!太陽を」の眞鍋理一郎。クラシック作品としても編曲されている傑作「裸の島(新藤兼人監督作品)」の林光。
 

バーナード・ハーマンの自演作品集
 そして私が日本アニメ史上最大の傑作と思う間宮芳生の「火垂るの墓(高畑勲監督作品)」がこのアルバム最大の聴き所であろう。メインタイトルとエンドタイトルが収録されているがこのエンドタイトルの音楽が特に素晴らしい。音楽として本当に素晴らしい作品である。映像と重ねるとどうしても物語の悲しさが重なってしまうのだが、この映画のラスト、主人公が妹の遺体に火をつけるシーンから始まる音楽は切れ目なく最後のエンドロールまで5分以上続く。最後の妹が帰ってくるイメージシーンでの半音階を伴う弦楽器群のコラール和声の一瞬の不協和な響きは本当に胸が締めつけられるほど美しい。エンドロールに入ってからの躊躇いがちに始まるオカリナの響きも奇跡に近い美しさである。もし「火垂るの墓」をご覧になった事がない幸運な方がいらっしゃれば是非このサントラを先に聴いていただきたい。映画音楽の魅力を余すことなく味わっていただけるものと確信する。また本CDには収録されていないが「間宮芳生の世界」に収録されている「太陽の王子ホルスの大冒険」も傑作である。
 これらの作品は音楽だけ聴かせるとまず映画音楽とは想像も出来ない作品である。勿論、映像と一緒になってその真価が放たれるのは言うまでもないが。
    武満徹の作品は「食卓のない家(小林正樹監督作品)」が収録されているが私はビクターの「武満徹映画音楽集」で親しんでいたのでこれよりもいい作品があるように思う。小林正樹とは実験的な「怪談」を作っている、最も実験的であった勅使河原宏の一連の作品、初期に仕事をした中村登の作品(「紀の川」の間奏曲、「斑女」のオープニング)、恩地日出男作品でのメロディアスなラテン等など挙げていけば切りがない。また武満は映画音楽からクラシック作品に転用したものありヴァイオリンとピアノのための「ヒカ」は大島渚の「儀式」をもとに、「合唱のためのうた」の多くは映画音楽の主題歌の編曲である。勅使河原宏の「落とし穴」の音楽は武満、高橋悠治、一柳慧の三人がおおよその図形譜を下に映像に即興でプレピアドピアノによって音楽をつけたそうである。内部奏法満載の恐るべきサントラである。
  上記の作曲家の作品はその映画音楽はCDやレコードで耳にする事ができる。しかしいわゆる映画音楽専門の作曲家の作品はほとんどCDにならないのが現状である。思いつくところでは新東宝で中川信夫の傑作「地獄」のサントラを手がけた渡辺宙明(最近では戦隊ものや「アミノサプリ」のCMで有名)、東宝「社長シリーズ」でモダンでおしゃれなオープニングを飾る宅孝二、恐るべき広範囲のサントラを出掛けTV版「江戸川乱歩シリーズ(天知茂主演)」の主題曲を手がけた鏑木創、「大江戸捜査網」をバルトーク風のヴァイオンリン曲にしてしまった玉木宏樹等など、まだまだ面白い作曲家がいるのである。一部のサントラマニアだけでなく広くこれら作品の作品が聴かれるようになって欲しいものある。

 本CD「The World of Japanese Cinema Music」は現在では入手可能である。またそれぞれの作曲家が一枚づつに作品集としてまとめられているので興味のある向きは聴いていただきたい。

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