York Bowen
(1884-1961)

 
 ショパンの傑作「24の前奏曲」これに匹敵する「24の前奏曲」と云えばドビュッシーのものであろう。しかしドビュッシーの前奏曲は所謂24の調性をめぐるものではない。私はこの24の調性をめぐる前奏曲の最も美しいものの一つがイギリスの作曲家ヨーク・ボウエンの「24の前奏曲 作品102」であると考えている。
 私とボウエンの出会いは古く音源では大学生の頃に聴いていた筈である。しかし当時ボウエンの楽譜はほとんどが絶版であり楽譜の入手はもとよりその作品の全貌すらわからない状態であった。やはり相当以前に齋藤さんからもボウエンの楽譜を探しているという話が出た事があったので楽譜が普通に見られるようになったのは最近のことなのであろう。又私のイギリスの友人によれば本国イギリスに於いてもボウエンはマイナーな作曲家であると云う。現在ではスティーヴン・ハフの校訂により楽譜の再版も行われ現在では「24の前奏曲」を含む主要な作品は入手できるようになったがまだまだ再版されていないものも多いようである。

 ボウエンはサン=サーンスやソラブジから大変な賛辞を受けた作曲家でありその前半生はなかなか華々しい受賞歴が並ぶ。しかし調性に固執した作風−これは20世紀音楽が犯した最も大きな過ちであろう−を古びたものとして急速に忘れられた作曲家となってしまった。調性の捉え方に関してはなかなか一筋縄ではいかないモダンな使い手でもあるのだが「〜調」と明確に言い切る事は20世紀前半の音楽史上「古びたもの」として扱われた事は事実であろう。だが自身優れたピアニストでもあり自作やベートーヴェンのソナタの録音も残されている程でその作品の多くは秀でたピアノ曲である。しかもこの上なく渋くそして美しいものである。
 譜例は「24の前奏曲」8番であるが是非ともピアノで音に出して頂きたい。美しいメロディとうつろいゆく和声。これはまさしくボウエンの筆によるものである。

 私は以前からことあるごとにボウエンの作品を取り上げてきた。しかし聴衆受けは決して良いものでない。これは一つにその作風があまりに渋く晦渋であるところにあるだろう。悪く言えば「暗い」のである。しかしかつてのメトネル評価のように私はボウエンの作品は必ず評価される日が来ると信じている。彼の作品は本当に素晴らしい作品なのである。

 バカバカしい表現だが容貌魁偉なイギリス紳士が恋の昔語りをする、まさにボウエンの作品はそういった風情である。又は霧のはれぬ曇天のロンドン、そういった暗鬱とした雰囲気もある。
 下の譜例は「three Serious Dances」作品51の2番であるが5小節目の半音階を伴う和声と行き着く先の6小節目1拍目への和声進行は地味ながらも大変美しい。

  もしボウエンの作品の瑕瑾をあげるとしたら、その職人的ともいえる微妙な対位法的処理、和声進行であろう。先に書いたように地味で暗いのである。しかしその微妙な機微を感じるかどうか、ここがボウエンの最も大きな評価に繋がる部分である。確かにボウエンの作品は地味で暗くそして晦渋である。しかし先の譜例やこの「バラード2番 作品87」のを音に出して頂きたい。これほど繊細な機微を備えたピアノ曲があったであろうか。最初に書いたようにショパンと並ぶピアノ音楽作曲家の一人であると私は信じている。

 

 アムランをしてメトネルを「常備薬」と言わしめたように私にとってボウエンの作品は常にピアノの傍らになくてはならないものである。それほど、魅力的な作品なのだ。

(2008/08/19)

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