Carlos Guastavino
(1912-2000)

 
  私がこのアルゼンチンの作曲家カルロス・グァスタヴィーノの作品を初めて知ったのは全音から出版されている「ラテン・アメリカ・ピアノ曲選アルゼンチン編」に収録されている「Bailecito 」「Cantilenas No.5 Abelarda Olmos」によってである。「Cantilena No.5」の熱っぽいラテンの作風と高度なピアノ書法は私を魅了した。「カンティレーナ5番」と云うからには少なくとも後4曲はある筈で以後グァスタヴィーノは私の収集の課題の一つとなった(ちなみに「カンティレーナ」は10曲ある)。
 そもそも「ラテン・アメリカ・ピアノ曲選アルゼンチン編」を購入した理由はピアソラの「タンゴ・ラプソディ」が収録されているからだったがピアソラのピアノ曲はお世辞にもピアニスティックとは云い難い。「3つの前奏曲」は魅力的な作品であるがピアノの扱いがどうにも弾き辛いし、初期のピアノ曲はピアソラのイメージを覆すほどの前衛的な作風だったりする。ピアソラはあくまでタンゴの楽団の作曲家でありエクリチュールの洗練された作曲家ではないと思う。勿論このことはピアソラの作品が芸術的に低いと云うことではない。演奏と楽譜の関係の問題なのである。
 その点グァスタヴィーノの作品は徹底したエクリチュールの確かさがある。即興的であったりメロディーの僅かな変容もすべて楽譜に書かれている。極端に云えば「楽譜どおり」演奏すれば濃厚なラテン音楽が再現出来るのである。
 グァスタヴィーノは20世紀全般を生きた作曲家であったがその作風はピアソラに比べるとずっと穏健である。アルゼンチンの民謡やラテンのリズムを多用したわかりよい作品がほとんどである。しかしその作曲技法は極度に洗練されており特にピアノの扱いは数多いラテンアメリカの作曲家の追随を許さないもので演奏は極めて困難である。複雑なリズム、和声と対位法、ふくよかで情熱的な一度聴いたら忘れがたいメロディー。そして高度なピアノ書法。これは「Cantilenas No.5 Abelarda Olmos」の冒頭を見れば理解できよう。
  私がグァスタヴィーノに興味を持ったのはまさにこの曲の高度なピアノ書法でありこれは他のラテンアメリカ作曲家、否世界の作曲家にはないものであった。シドン、アムランによって紹介されたニャタリや先のピアソラ、クリューガー、ポンセ、よりクラシカルなチャベスやヒナステラ、はっきり云うと私は彼等のピアノ曲よりもグァスタヴィーノのピアノ曲の方が好きだしよく書かれていると思う。
 私の手元にあるグァスタヴィーノの楽譜はピアノ作品に限って云えば全体の4分3ほどである。作品のほとんどはRicordi Americanaから出版されているがとにかく注文しても全然入ってこないのである。私の友人は知人がアルゼンチンに行った際ごっそり買ってきて貰ったと云う。
 グァスタヴィーノの作品は上記のようにその洗練されたピアノの扱いと書法にあり演奏の難しい作品が多い。2台ピアノ版、ピアノソロ版ともに美しい「Las ninas de Santa Fe(演奏はピアノ2台版)」はどちらもなかなか難しい作品である。しかし中には「Cantos Populares」といった平易な技法で書かれた作品もある。だがここでも十分にピアノ曲としての完成度は高く弾きやすいからといってつまらない訳ではない。むしろこれだけ素朴な題材を平易な技法で効果的に纏めている手腕は畏るべきものがあろう。個人的に最高傑作ではないかと考えている全5曲からなる「Las presencias」は例えようのない美しさとピアノの魅力が詰まった作品である。中でも第4曲「Mariana」、左手の伴奏に乗ってあらわれる哀しく美しい旋律は筆舌に尽くしがたく聴く者よりまず弾く者を幸せにする作品である。
 室内楽ではヴァイオリンとピアノの「Las presencias No.7 Rosita Iglesias」が素晴らしい。寡聞にして「Las presencias(『風貌』などと訳される)」の6番がどのような作品であるのか知らないが1番から5番のピアノ曲、そしてこの7番ともに極めて内容の濃い作品である。ここからは是非「この演奏」を聴きながら譜例を見て頂きたい。ト短調のヴァイオリンによる熱っぽく悩ましげな旋律とピアノの分散和音によって開始されるが2ページ目に於けるヴァイオリンとピアノの旋律の鬩ぎ合いが切ない(42秒頃)。
 
 曲はピアノソロの部分を挟みヴァイオリンと悩ましく進行する。南米に行ったことはないがその噎せ返るような空気が伝わってくるようである。周到に用意されたクライマックス(4分38秒あたり)は咽び泣く様なヴァイオリンとピアノが美しい。
  先にも書いたがグァスタヴィーノの作品の楽譜の入手はなかなか難しい。先のヴァイオリンとピアノのための「「Las presencias No.7」はネット上でも相当探したが見つけられなかった(アメリカ国内のみ販売しているサイトは存在する)。結局日本の楽譜店を当たって入手する事が出来たのだがその価格535円!!ものの価値は価格ではないと思い知った瞬間である。

 私が2008年現在、グァスタヴィーノの作品で人前で弾いた事のある作品は「Las ninas de Santa Fe」のピアノソロ版だけである。この作品も決して易しいものではないが、譜例の「Cantilenas No.5」を見るとおりグアスタヴィーノの作品は演奏が非常に難しいものが多い。しかしこれほど充実したピアノ曲はなかなか見当たらない。是非ピアニストのレパートリーとして定着してほしいものである。

(2008.08.16)

My favourite composer

Music index

Home