はじめての構造主義

橋爪大三郎著

 

 私が高校2年の頃筒井康隆の「文学部唯野教授」を読んで随分哲学、現代思想にかぶれた時期があった。沢山の哲学者、思想家の中から興味のある人物をいくつか引き抜いて読んでみたが、唯野教授の講義は面白おかしく読めるが現実の思想書はそんなに簡単に読めるものではない。始めに手を出したのは確かフッサールではなかったろうか。中央公論社の「世界の名著」シリーズを買ったがまるで判らなかった。それは本当に日本語を読んでいるのか、と疑いたくなるほどの判らなさである。それでも何とかフッサールの「厳密な学としての哲学」は読み通した。読後、訳がわからなかったし、今ではさっぱり何も覚えていないが。そんな挫折と失敗を繰り返してるうちに手軽な入門書を手にする事となる。まずは別冊宝島「わかりたいあなたのための現代思想」。これは何とか読めたがそれでも思っているよりは読みにくい。今ではこの手の本の中では入りやすい本だとは思うが、やはりある程度の知識を持って読んだ方がより面白く読める本だろう。この本の参考文献は少々古いデータだが非常に役立った。それからしばらく小阪修平、竹田晴嗣氏の本を読んだりしていたが、もっと手軽に電車の中でも読める新書タイプの本に移行していった。これも千差万別で最初に読んだのは広松渉氏の「哲学入門一歩前」であったが私には荷が重すぎた。以後私の「新書」好きが始まり岩波新書、講談社現代新書、クセジュ文庫と読んでい歩いたが、中でも「講談社現代新書」が最もお気に入りの新書だった。
 話はそれるが私がその手の本を読み始めた頃は思想書は専門書であり(今でもそうだろうが)非常に高価な本が多かった。よほどの古典でない限り岩波文庫にも入っておらずおまけに品切れということも珍しくない。専門書は高校生のこづかいではちょっと手が出しにくい、しかも買っても読み通す事ができるかどうかわからないというものだった。今では少しづつではあるが文庫になりちくま学芸文庫ではボードリヤールやバルトなども文庫で読める時代になった。ありがたい時代になったものだ。

 さて、今回紹介する「はじめての構造主義」はいまやその手の本の中では古典にさえなった感のある本である。とにかく、知的好奇心を刺激しものの見方、考え方をこれほど変え、ものを考えるという事を知るには持って来いの1冊である。あんまりお勧めなので友人に貸して返ってこず、私の手元にあるのは3冊目の本である。
 内容は構造主義の考えの元となった数学、遠近法、ソシュールの言語学等を押さえながら文化人類学者レヴィ・ストロースを中心に展開される。それらの「難解」とされるものが極めて平易ではあるがレベルは下げずに書かれているのである。勿論本書でカバーできていないところもある。例えばサルトルの思想はそのアウトラインだけであるし、マルクス主義も軽く触れられているだけである。しかしそれでも20世紀に思想的改革をなした構造主義という方法論を大きくつかむには最適の本であろう。この本から私はそれまで興味のあまり持てなかった言語学や文化人類学にも興味を持った。勿論サルトル、マルクス主義にも引っ掛かって現在ではマルクス主義とマルクスとは切り離して考えてられていることなども知った。

 まぁとやかく言う前に読んでいただきたいのだが、私がこの本で好感が持てたのは最後に付されている構造主義をめぐる人物紹介の欄のジャック・ラカンについての文章であった。
 「彼の書くものは難解をきわめている。「エクリ」が主書だが、難しくて、何を言っているのかよくわからなかった。翻訳のせいもあるけれど、フランス人でも歯がたたないというだから仕方がない。」(P206)
 私には心強い言葉であった。専門に勉強している人でもわからないものがどうして一介の高校生に理解できよう。以後この考えは私の根本的な精神(というよりも神経であろうか)となっている。
 よく人生を変える本というものを紹介しているが、私にとっては本書が本当の「読書」の出発点であったといっても過言ではない。1冊の本から読書、しいては思索の暗い森の中に入っていったようなものである。

 なお本書は装丁も新たに講談社現代新書の定番として出版されている。

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