血と薔薇

華麗な、あまりに華麗な

 
 昔、足繁く大阪の古本屋街や京都のアスタルテ書房に行き来していた頃私の羨望の書物があった。日夏耿之介、堀口大學、稲垣足穂、生田耕作、澁澤龍彦、種村李弘…その筋の人にはたまらない作家の豪華本、限定本の類である。日夏の「院曲撒羅米」を東京の古書店で手に取ったときは真剣にローンの支払いを考えたほどであったのだが、今ではすっかり古書への愛着も薄れてしまい、この手の豪華本とはすっかり無縁の人間となってしまっている。時折送られてくる古書店のカタログを見たり古本市を覗いたりする程度の愛書家ともいえぬ人間になってしまった。しかし、なんとしても手に入れたいと思っていた本がある。それが全五号を予告しながら四号で廃刊した澁澤龍彦編集による昭和43年に発刊された伝説的雑誌「血と薔薇」である。実際、澁澤が手を入れていたのは三号までなので、マニアの間では「血と薔薇」は三号まで集めればとりあえずよし、と言われているようである(実際は四号は発行部数も少なくその意味ではコレクターアイテムではあるのではあるが)。
 私は古書店で「血と薔薇」のオリジナルは何回かお目にかかっているのであるがやはり結構な値がついていた。大阪の古書店で値切ったこともあったが(その筋では)人気の本なのでさすがに値切ってはくれなかった。到底復刻も無理だろうと思っていたのだがなんと2003年に白順社から三号までの復刻版が出た。これにはかなり驚いた。なんせ澁澤龍彦は故人であるし掲載されている作家も三島由紀夫、土方巽、種村季弘、松山俊太郎、稲垣足穂、埴谷雄高、塚本邦雄、細江英公、高橋睦郎、唐十郎、吉行淳之介、横尾忠則、武智鉄二、野坂昭如、植草甚一…と多岐に渉り著作権の方面からも到底復刻は不可能であろうといわれていたからである。
 本雑誌のサブタイトルは「エロティシズムと残酷の綜合研究誌」と銘打ってある。創刊号、ページをめくるとまず目に飛び込んでくるのは三島由紀夫扮する「聖セバスチャンの殉教」(篠山紀信撮影)である。「仮面の告白」で主人公が初めて自涜を覚えた時に見ていた殉教図である。三島は本懐を果たしたように2年後の昭和45年に割腹自殺し果てている。錚々たる面々による「男の死」のグラビアが並ぶ。この時点でこの雑誌の全ては語られているといっても過言ではない。
 雑誌冒頭の「血と薔薇」宣言、これは全文引用したいようなものであるが、煩雑になるので実際に当たってもらいのだが中でも最後の「本誌『血と薔薇』は、コンプレックスに悩む読者のためにはコンプレックスの解消を、またコンプレックスのあまりに少ない読者にはコンプレックスの新たな贈与を、微力を持って心がけんとするものである。(略)」という、あまりに不道徳な書物であった事を強調しておきたい。

 この三号の復刻は明らかに大事件であったのだが、結局のところ編纂者も書いているとおり「この復刻を買う大多数の人間が澁澤龍彦ファンである」ということは否定できない事実であり、本誌の復刻が思った以上に話題にならなかったのも当然であるかもしれない。しかし、澁澤龍彦が唯一雑誌編集をしたということ、これをバラバラの全集ではなく雑誌形態として復刻したことは大いに評価すべきことであろう。

 さて、三冊にわたる内容であるが、これを説明するは難しい。創刊号では特集が先のグラビア「男の死」、「吸血鬼」とあり種村李弘氏による「吸血鬼幻想」が掲載されている。また池田満寿夫、横尾忠則、金子国義等による「オナニー機械」の図版など等…。とにもかくにも「不道徳」極まりない特集である。二号では冒頭「鍵のかかる女」即ち貞操帯を身につけた女性のヌード写真(立木義浩撮影)に始まり詩人、吉岡実の「少女」、澁澤龍彦「悪魔のエロトロギア」と並ぶ「不道徳」さである。とにかく倒錯の性を扱った耽美の世界が広がっている。この世界に魅了されれば最後、行くつくところまでイッてしまうこと、請け合いであろう。やや散漫な三号については実際に現物を見てもらいたい。実際の澁澤邸で撮影された「小間使」(篠山紀信撮影)の淫靡な雰囲気は現代では再現不可能ではなろうか。

 雑誌という形態においてこれほど贅沢な執筆人を集めれたのは澁澤龍彦の手腕(というより性質)であったろうが恐るべき濃密な雑誌である。私の母も例にもれず澁澤ファンであったのだがさすがに「血と薔薇」は当時から「悪書」であったということである。しかし、悪書=焚書という訳ではあるまい。悪書は悪書でも精神の悪書(これが一番たちが悪いのだが)は活字によるものであるから最近のヘアーヌードなどとは比べ物にならない「毒」を孕んだ書物であろう。

 本作はオリジナルは入手困難であるが(古書店ではたま高額で見かける)復刻版(澁澤編集分の三巻)が白順社より復刻された。是非是非絶版になる前に購入されるのをお勧めする次第である。


Book index

Home