2002-06-04 (r1), 2002-06-10 (r2), 2002-09-05 (r3), 2002-10-14 (r4), 2004-08-08 (r5)
“EU公文書ルール”では、約物(ピリオド、コンマなどの句読記号、括弧類などの引用記号、ダッシュ、ハイフンなどのその他の区切り記号、いくつかの単位記号、数学記号など。総称するときは「約物」という用語を使うことにする)の組み方について“EU公文書スタイル”とも呼ぶべき独自の方法を決めている。
約物の用法というと、記号の種類とそれぞれの記号の使い方がまず大きな問題であるが、“EU公文書ルール”では、あえて独自な記号や用法を決めているわけではない。“EU公文書ルール”自体に書かれている言語ごとの約物の種類と用法の記述(おもに第4部の各言語の固有の事項の中に含まれる)は至って簡単なものであり[1]、各言語の慣用のうち、間違えやすいものを抜き出している程度にすぎない。これは後述のように出版プロセスの中での“EU公文書ルール”の位置づけにも関連しているのだろう。
それに対して、約物の組み方、特に約物に近接する文字との間の空き量の問題については、明示的に統一的なルールを示している(すべての言語に共通の取り決めである第3部の6.4.項)。このルールだけを見ていても、何がどう統一されたのか明らかではないが、個別の言語の慣用と比較してみれば、その内容が明らかになる。
そこで、ここでは、約物の組み方、特に“EU公文書ルール”が明示している「隣接する文字との間の空き量のとりかた」の問題に絞って、個別の言語の場合との比較を行い、その統一ルールの意味を探ってみることにしたい。個別の言語としては、フランス語をとりあげる。とりあげる約物の種類としては、フランス語版“EU公文書ルール”の6.4.項に示されているもののうち、単位記号、数学記号、“&”および注記の合い印を除く、句読点類、括弧類、その他の区切り記号類をとりあげる。
“EU公文書ルール”では記号そのものが記載されているだけであるが、そのHTML版で使われている字種から名称とUCSコード等を比定し、この連載で検討対象とする記号だけを表にまとめると次のようになる。
| 記号 | フランス語名[2] | 本稿での呼称 | 比定される UCS-2 code | 左記 code に対応する UCS character name | 対応する日本語通用名称(JIS) |
|---|---|---|---|---|---|
| , | virgule | コンマ | 002C | COMMA | コンマ |
| ; | point-virgule | セミコロン | 0038 | SEMICOLON | セミコロン |
| . | point | ピリオド | 002E | FULL STOP | ピリオド |
| : | deux-points | コロン | 003A | COLON | コロン |
| ! | point d'exclamation | 感嘆符 | 0021 | EXCLAMATION MARK | 感嘆符 |
| ? | point d'interrogation | 疑問符 | 003F | QUESTION MARK | 疑問符 |
| - | trait d'union | ハイフン | 002D | HYPHEN-MINUS | ハイフンマイナス |
| — | tiret | ダッシュ | 2014 | EM DASH | ダッシュ(全角) |
| / | barre obllique | スラッシュ | 002F | SOLIDUS | 斜線 |
| ( | parenthèse ouvrante | 右開きパーレン | 0028 | LEFT PARENTHESIS | 始め小括弧, 始め丸括弧 |
| ) | parenthèse fermante | 右閉じパーレン | 0029 | RIGHT PARENTHESIS | 終わり小括弧, 終わり丸括弧 |
| [ | crochet ouvrant | 右開きブラケット | 005B | LEFT SQUARE BRACKET | 始め大括弧, 始め角括弧 |
| ] | crochet fermant | 右閉じブラケット | 005D | RIGHT SQUARE BRACKET | 終わり大括弧, 終わり角括弧 |
| « | guillemet ouvrant | 右開きギィメ | 00AB | LEFT-POINTING DOUBLE ANGLE QUOTATION MARK | 始め二重山括弧引用記号, 始めギュメ |
| » | guillemet fermant | 右閉じギィメ | 00BB | RIGHT-POINTING DOUBLE ANGLE QUOTATION MARK | 終わり二重山括弧引用記号, 終わりギュメ |
| “ | guillemet anglais double ouvrant | 左ダブルクォーテーション | 201C | LEFT DOUBLE QUOTATION MARK | 左ダブル引用符, 左ダブルクォーテーションマーク |
| ” | guillemet anglais double fermant | 右ダブルクォーテーション | 201D | RIGHT DOUBLE QUOTATION MARK | 右ダブル引用符, 右ダブルクォーテーションマーク |
| ‘ | guillemet anglais simple ouvrant | 左シングルクォーテーション | 2018 | LEFT SINGLE QUOTATION MARK | 左シングル引用符, 左シングルクォーテーションマーク |
| ’ | guillemet anglais simple fermant | 右シングルクォーテーション | 2019 | RIGHT SINGLE QUOTATION MARK | 右シングル引用符, 右シングルクォーテーションマーク |
なお、本連載では、右開きパーレンと右閉じパーレンを総称してパーレン、右開きブラケットと右閉じブラケットを総称してブラケット、右開きギィメと右閉じギィメを総称してギィメ、左ダブルクォーテーションと右ダブルクォーテーションを総称してダブルクォーテーション、左シングルクォーテーションと右シングルクォーテーションを総称してクォーテーションと呼ぶことにする。
また、括弧類の用法として、括弧書きの開始に使う記号を「始め括弧」、括弧書きの終了に使う記号を「終わり括弧」と総称する。
フランス語では右開きギィメを「始め括弧」に使い、右閉じギィメを「終わり括弧」に使うが、デンマーク語では、右閉じギィメを「始め括弧」に使い、右開きギィメを「終わり括弧」に使う。上記の「右開き」「右閉じ」の呼称は、記号の形だけを表現しようとしたものである。
これらのうち、コンマ、セミコロン、ピリオド、コロン、感嘆符、疑問符の6種類の約物を句読点類、パーレン、ブラケット、ギィメ、ダブルクォーテーション、シングルクォーテーションの10種類の約物を括弧類、ハイフン、ダッシュ、スラッシュの3種類の約物をその他の区切り記号類と呼ぶことにする。
上記の約物の内、今回は句読点類をまずあつかい、次に括弧類をあつかう。その他の区切り記号類については次回あつかう。
本連載では、各約物の用法の説明は特に行わない。文献解題の中の参考書などに詳しい論考があり、それだけで大きな研究テーマとなっている。
まず、フランス語版“EU公文書ルール”6.4.項の記述を見てみよう。
この項は、文章による説明がほとんどなく、一覧表の形式で組み方を示している。各言語バージョンに共通なのは、4列の構成であり、まず一番左の第1列に記号自体を掲げ、第2列にはタイプライターでの記号の組み方、第3列にはワープロソフト(Wordなど)での記号の組み方、第4列には印刷所および編集段階での組版ソフトによる処理における記号の組み方を示している。[補足2004-08-08:2004年3月の改訂でタイプライターでの記号の組み方が削除され、第2列にはワープロソフト(Wordなど)での記号の組み方、第3列にはWindows上で記号を表示するためのキーの組み合わせ、第4列には印刷所および編集段階での組版ソフトによる処理における記号の組み方、となった。下記のタイプライターによる代替表記法は削除されてしまったが、ある意味で貴重な情報なので、ここでは敢えて残しておく。]
この表の主な目的は、記号に隣接する文字との間の空き量をどうするかを示すことであり、句読点類と括弧類については、非常に簡単なルールになっている。ほかの項目におけるいろいろな記述を総合して文章で説明するとすれば、次のようになるだろう。
句読点類では隣接する直前の文字との間には空きを入れずベタで組む。記号の直後は、単語間の空き(ワードスペース)と同じで分割可能、調整可能な空き量となる。
括弧類では、始め括弧は直後の文字との間に空きを入れず、終わり括弧は直前の文字との間に空きを入れないでベタで組む。始め括弧の前、終わり括弧の後は単語間の空きとなる。句読点類または括弧類とベタで隣接する文字との間は行末に来たときも分割不可能である。
その他の区切り記号類については、ダッシュでは前後に空き(実際には単語間の空きと同じ、分割可能、調整可能な空き量)を入れて組む。ハイフンとスラッシュでは前後ともに空きを入れずにベタで組む。しかし、ハイフンの場合は空きを入れるケースがある。またハイフンはベタで組んでもハイフンのあとは分割可能である。これらについては次回検討する。
括弧類に戻ると、タイプライターなどで、目標とする括弧が打鍵できないときの代替表記法を決めているのも注目される。すなわち、ダッシュ、ブラケット、ギィメがなく、ダブルクォーテーション、シングルクォーテーションがそれぞれ一種類しかない(右、左の形を区別した2種類ではなく)ときは次のように代替表記を行う。
- ダッシュの代わりに、両側に空きを入れてハイフンを使う(タイプライター)。またはダッシュの代わりにハイフン2つをひとまとまりにして使う(ワープロソフトでダッシュが使えない場合)。ハイフン2つのまとまりの前後にはワードスペース。
- ブラケットの代わりにパーレンを使う(タイプライター)。またはブラケットの代わりに、両側ともパーレンを2つ繰り返して使う(ワープロソフトでブラケットが使えない場合[3])。
- ギィメの代わりに、両側とも1種類のダブルクォーテーションを使い、終わり側の記号にアンダーラインをつける。
- 左右2種類のダブルクォーテーションの代わりに、両側とも1種類のシングルクォーテーションを使い、終わり側の記号にアンダーラインをつける。
- 左右2種類のシングルクォーテーションの代わりに、両側とも1種類のシングルクォーテーションを2つ繰り返して使い、終わり側の記号2つにアンダーラインをつける。
いずれにしても内側に隣接する文字との間には空きを入れない。ただし、言語バージョンが変わると括弧類の種類も変わるので、代替表記法も変化する。
言語バージョンが変わって、括弧類の種類が異なっても、空きの入れ方については共通していることが注目される。
これだけを見ていれば、何が問題なのかはよく見えてこない。しかし、例えばフランス語の印刷物に慣れた目から見ると、“EU公文書ルール”に従ったフランス語版の文書の仕上がりは一目で普通とは違うという感じをもたせるようなものになっている。その差異を詳しく見ていくには、“EU公文書ルール”の背景にある、各言語・地域におけるデフォルトルールやそのバリエーションを参照する必要がある。
そこで、ここではフランス語の場合を例にとり、約物の前後の組版事情を概観してみることにしよう。
まず、具体例の比較から始めよう。図1は欧州共同体官報(フランス語版2002年5月28日付 L 138/1)の組み方の一例をPDF版からの画像コピーで示したものである(出典:EUR-Lex - Journal officiel)。
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| 図1 |
図2はフランスの新聞 Le Monde(2002年5月28日付第1面)の組み方の一例を、同じくPDF版から画像コピーで示している(出典:Le Monde.fr - édition électronique)。
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| 図2 |
図3は書籍からの例で、Gallimard 社の Pléiade 叢書(Alain, Les arts et les dieux, 1968, p. 583)から狭い範囲でいろいろな約物が見られるページをスキャンした画像である。
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| 図3 |
図2と図3の組み方例では、“EU公文書ルール”と異なり、疑問符の前、コロンの前、ギィメの内側などに空きが置かれている。後から見るように、空き量についてはいくつかの流儀があるものの、約物の種類によってその前または後に空きを入れるというのが、現代のフランス本国での仏文組版における共通したデフォルトルールになっている。
フランス語の組み方をあつかった主要なルールブック類[4]は、例外なく約物と隣接する文字の間の空きについて説明する項目を設けているが、ルールブックによって記述内容は必ずしも同一ではない。図4はその一例で、フランス国立印刷局(Imprimerie nationale)が出している用語集形式の『国立印刷局組版規則集』([LEXIQUE], p. 149)に記載されている、約物の前後の空き量一覧表である。
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| 図4 |
文字との間を空けると言うだけでは、実際には不十分な記述である。それでは、ある種の約物は単独で一つの単語と同じようなあつかいとなり、単語間に空きを入れるのと同じように、その前または後に空きを入れるとも読めそうだが、実はそうでもないのである。
図4をよく見ると、“espace justifiante”、“espace insécable”、“espace mots”、“espace fine”などが対立する用語として使われているようだということが読めるが、空き量の問題を別にしても、行端における約物と文字との間の分割可能性は、約物の組み方の上で重要な要素である。“espace insécable”とは「分割不可能な空き」のことであり、疑問符やギィメには空きがともなうと言っても、疑問符だけを単独で行頭には組まない、右開きギィメを単独で行末には残さないといった“行頭行末禁則”が同時にはたらくことを示している。
まず、約物の前後の組み方の詳細を検討する前に、そこで使われている組版上の基本的な概念を整理しておくことにしよう。
1) espace(空き[量])[組版用語として空き量をあらわす espace は女性名詞。通常の「空間」の意味のときは男性名詞。]
| 1/2 du cadratin (le demi-cadratin) | “二分” |
| 1/3 du cadratin (le tiers de cadratin) | “三分” |
| 1/4 du cadratin (le quart de cadratin) | “四分” |
| 1/8 du cadratin (le huitième de cadratin) | “八分” |
2) sécable, insécable(分割可能、分割不可能)
3) espace-mots(単語間の空き[量]、ワードスペース)[6]
4) espace justifiante(1行を両端揃えで組むとき空き量が調整可能な空き)
5) espace fine(固定量の狭い空き、英語の thin space に近い)
約物の前後の空きの組み方は、いくつかの基本的な選択肢の組み合わせで記述することができそうだ。フランス語の組み方のルールブック類は必ずしもそのような分析的記述を行っていないが、筆者の観点から総合的に整理すると、以下のような約物の組版上の基本選択肢を抽出できると思う。それらの組み合わせ方で、いろいろなルールブックの間での組み方の流儀の違いをも記述することができる。
a) 約物の前または後が行末で分割可能かどうか。
b) 約物の前または後の空きが、1行を両端揃えで組むとき単語間の空きのように、その空き量が調整の対象になるかどうか。
c) 空き量の値の種類。
c-2)、c-3) の空き量の値としては前節で示した既定値が一例となるが、実際には諸説があって、必ずしも統一されているわけではない。逆に、ここでどのような空き量をとるかが、印刷所や出版社のハウスルールとして差異化の対象となる余地がある。c-2) は単に空き量を指すだけではなく、a-1) と b-1) が合流した概念として使われることが多い。
次に、このようなルールの組み合わせとして、句読点類・括弧類はどのような種類に分かれるのか順番に見ていこう。
前に来る文字との間の空き量の違いによって、仏文組版(従来からの印刷上の慣行。ワープロソフトなどによる文書作成、電子文書の場合については後述)での句読点類の組み方は3種類に分かれる。なお、句読点類の後は、終わり括弧が来ないかぎり、単語間の空きとなり分割可能である。単語間の空きと区別される、それより長い空き量をとることはない。
1) ピリオド型
2) セミコロン型
3) ゆるいコロン型
仏文組版では、句読点類に関して、いわゆる「高さのある記号」(または形の上で要素が重なっている記号)、つまりセミコロン、疑問符、感嘆符およびコロン(さらには後述のギィメを含めて)の組み方に特色がある、という言い方をされることがある。ルールブック類からは上記のような組み方の型が区別されてくるが、図3のように疑問符や感嘆符が少し広めの空きをとるケースもあり、多様なハウスルールによって細部で上書きされているのが現実である。
以上を表にまとめると次のようになるだろう。
| 記号の前後 | 記号の前 | 記号の後 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 分割可能性 | 不可 | 可 | |||
| 空き量調整 | 不可 | 可 | 可 | ||
| 空き量の値 | なし | espace fine | espace-mots | espace-mots | |
| 種類 | ピリオド型 | ○ | ○ | ||
| セミコロン型 | ○ | ○ | |||
| ゆるいコロン型 | ○ | ○ | |||
“EU公文書ルール”では、以上のすべての句読点類がピリオド型としてあつかわれることになる。
括弧類については、フランス語文に特徴的なギィメとそれ以外の括弧類で組版方法が異なる。いずれにしても、始め括弧の前と終り括弧の後は「単語間の空き」と同じで、分割可能、空き量も調整可能である。
1) ギィメ以外の括弧型
2) 狭いギィメ型
3) ゆるいギィメ型
フランス語では図2、図3のように、ギィメで囲まれた引用文はその前にコロンで区切られるのが通例であり、括弧類の中でも特にコロンとギィメ周辺の組み方に大きな特色があり、またこだわりをもっているとも言えるだろう。同時に空き量については諸説がある[11]。
以上の括弧類について一覧表にまとめると次のようになるだろう。
| 記号の前後 | 記号の前 | 記号の後 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 分割可能性 | 不可 | 可 | 不可 | 可 | |||||
| 空き量調整 | 不可 | 可 | 不可 | 可 | |||||
| 空き量の値 | なし | espace fine | espace-mots | なし | espace fine | espace-mots | |||
| 種類 | ギィメ以外の括弧型の始め括弧 | ○ | ○ | ||||||
| 狭いギィメ型の始め括弧 | ○ | ○ | |||||||
| ゆるいギィメ型の始め括弧 | ○ | ○ | |||||||
| ギィメ以外の括弧型の終わり括弧 | ○ | ○ | |||||||
| 狭いギィメ型の終わり括弧 | ○ | ○ | |||||||
| ゆるいギィメ型の終わり括弧 | ○ | ○ | |||||||
括弧類と句読点類を比べると、空き量の組み方の種類が似ていることがわかる。
括弧類の場合、括弧類どうしの重複、終り括弧と句読点類の重複が起こりうる。その場合は、括弧で囲む範囲から見て外側に来る記号の空き量のルールが優先する。
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| 図5[12] |
ここで、固有の固定した空き量をもつということは、結局その記号の字幅として決まっているのと同じことではないかという疑問もおこる。確かにセミコロン型の句読点類についてはそのように見なしても不都合はないように見えるが、コロンやギィメの空き量は、組版の流儀やハウスルールによってそれぞれの決め方がありうることを考慮すると、一律に字幅の問題として処理することには無理があるだろう。
“EU公文書ルール”では、以上のすべての括弧類が「ギィメ以外の括弧型」としてあつかわれることになる。
以上の約物の組み方は、活版以来の伝統の上にある従来型の印刷における仏文組版方法を、実例及びおもなルールブック類を参照しながら、筆者の観点で整理したものである。
手書きやタイプライターで原稿を書き、編集・印刷プロセスにまわす、という作業の流れが主流であった時代には、書き手自身が約物周辺の空き量などに注意する必要はなかった。そのようなことは限られた数の編集・印刷のプロが仕上がりの整形として引き受けていたからである。確かに美しいタイプ原稿の作り方というような話はずっとあったわけだが、所詮、約物まわりのファインチューニングはタイピングとは別の世界の問題である。
ところが、パソコン上のワープロソフトによる原稿作成が主流となってきた現状では、書き手自身にまで仕上がりの整形への関与が多かれ少なかれ期待されるようになり、かつては専門的な工程での技能であったものが、共有されるべき知識として、新たな技術的リテラシーの構成要素になりつつある趣さえある。しかし、いま問題にしている仏文組版における約物まわりの空きの調整というものも、活版以来の道具立てに依存して蓄積されてきた技術であり、ただちにコンピュータ上の道具立てに移転されているわけではない。
一つの解決策は、新しい道具立てを既定の技術条件として、それによる文章の組み方のモデルを創り出していこうとするものであろう。“EU公文書ルール”は、タイプライター執筆の時代からの“読みやすく合理的なタイプ原稿の作り方”の延長線上にあるようなもので、電子文書の時代には、そのままで仕上がりに近い形にまでもっていってしまう、そのような方針をもつものであろう。ノーブレークスペース[13]はなるべく使わない、という方針も中途半端な印刷技術の模倣はしないということにつながる。仏文組版で言えば、約物まわりの空き量の調整が不要になって、簡単といえば簡単になるのである。
もう一つの解決策は、現在おそらく仏文の電子文書作成でかなり一般的に行われている方法であり、パソコンソフト上で使える道具立てによって、従来型の約物まわりの組版方法をできるだけ模倣しようとするものだろう。もっとも単純なのは、約物の前後に空き量があって分割不可能とされてきたケースに対して、ノーブレークスペースを使うという方法である。この場合、従来型では区別されたコロン型とセミコロン型の組み方が同じになってしまい、コロンの前では空き量の調整ができない。ギィメについても同様である。ノーブレークスペースは、空き量の値が定義されているわけではないので espace fine になるとは限らない。
ここで、実務家の間では意見がわかれ、セミコロン型で espace fine が実現できないなら、ノーブレークスペースでなくベタで組んだ方がいいとする意見[14]と、普通のスペースで空きを入れた方がいいとする意見[15]の両方がある。後者をとると、裏技的なテクニックで espace fine をつくることも不可能ではない。
こうした議論は、フランス語を処理するとき、ISO 646 と ISO 8859-1 (Latin-1) までの文字種(あるいは Windows, Macintosh で Roman script 用に実装されている文字種)でまかなおうとすることが前提になっているが、UCS/Unicodde では、GENERAL PUNCTUATION というブロックの中に、次のような空き量を表現するコードポイントもある。
| UCS-2 code | UCS character name |
|---|---|
| 2000 | EN QUAD |
| 2001 | EM QUAD |
| 2002 | EN SPACE |
| 2003 | EM SPACE |
| 2004 | THREE-PER-EM SPACE |
| 2005 | FOUR-PER-EM SPACE |
| 2006 | SIX-PER-EM SPACE |
| 2007 | FIGURE SPACE |
| 2008 | PUNCTUATION SPACE |
| 2009 | THIN SPACE |
| 200A | HAIR SPACE |
| 200B | ZERO WIDTH SPACE |
また、和文組版を引き合いに出すなら、例えば仏文におけるコロンやギィメは行頭行末の禁則処理という別系統のルールで処理できる問題で、空きの特性の問題ではない、というふうに考えることもできる。
また、ウェブページであれば、CSS で引用文という要素の前後に pseudo-elements を設定して括弧の種類をスタイル指定で決めることもでき、そのとき同時に前後の空き量を指定することもできる。この方法によれば、ノーブレークスペースを使わずに、約物ごとに空き量の数値指定もある程度可能になる[16]。
いずれにしても、本格的な仏文組版ソフトを設計するなら、いろいろな手法を使い分けることによって、従来型のファインチューニングも、あらたなデザインポリシーによるファインチューニングも全く可能になるはずである。
そのような展開において、問題はもう一度、原稿執筆から編集・出版プロセスへという作業の流れの新しい形態へと戻ってくるように思う。書き手が最初から高機能な組版ソフトを使うこと、そのような仕事の仕方が一般化するとはとても思えない。それはソフトの使い勝手とかインターフェースのよしあしとか、そのようなレベルの問題ではなく、仕事の内容そのものの専門性の違いというレベルの問題なのである。
かつてのワークフローになぞらえて言えば、原稿段階での中途半端な仕上がりの模倣などかえってノイズであり、仏文組版の約物関係で言うなら、“EU公文書ルール”のような割り切りで書いてもらった方があとからのチューニングは簡単なのである。例えば、Pro Lexis のような欧文用組版ルール校正ソフトがすでに存在しており、約物まわりの空き量などを各言語別にチェックすることができる。このような校正ソフトの使用自体も、よく考えてみれば、書き手自身が背負い込むことはないのである。
このような電子文書ベースの発展型ワークフローを視野に入れると、「タイプ原稿清書規則」型とも言える“EU公文書ルール”がもちうる現代的な効用が見えてくるのではないだろうか。すなわち、全体の作業の流れを通じて、一方で書き手自身にも関わる共通性の高いルールを書き出しつつ限定し、同時にその後の編集作業を区別しながらその間のつながりをよくしていこうとするものである。
<続く>
▼参考文献解題
|
| 図6 [LEFEVRE] p. 46 より |
[注]
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| 図7 [LEXIQUE] p. 50 より |